「とにかく行きたくない」と“理由なき登校拒否”

八代目指圧太郎さん(仮名、42)は、本人が希望した仮名からもわかるように、現在は指圧師として働いている。飄々としたたたずまいとボソボソとした話し方からは意外だが、一時は本気でお笑い芸人を目指していたという。

子どものころからみんなを笑わせるのが好きだったのかと思いきや、むしろ逆で、すごい人見知りだったそうだ。

「保育園も大っ嫌いでしたね。もう、10円ハゲができるぐらい。給食中にずっとつねられたり、いじめられてた経験もちょっとある。でも、こんなものかなと思って、行くしかなかったんですよね」

ひきこもり経験のある八代目指圧太郎さん(撮影/集英社オンライン)
ひきこもり経験のある八代目指圧太郎さん(撮影/集英社オンライン)
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小学校に入ると一転、友だちがたくさんできた。公園でサッカーをしたり、家でファミコンをしたり。友だちが帰ると、お笑い番組をくり返し観ていた。

「最初は志村けん、とんねるず。小学校高学年くらいからはダウンタウンがすごい好きで。ビデオに録画して、次の日朝起きたらもう1回観て、学校から帰ってもう1回観るみたいな感じでしたね」

異変が起きたのは、中学1年が終わった春休み。バドミントン部だったが「部活に行きたくない」と思ったのが最初だ。

「顧問が担任の先生だったんですよ。怖いって評判の男の先生で、だんだんストレスが溜まってきて、なんか行くのがかったるくなっちゃって。緊張しやすいんです。人前に出るとガチガチで言葉が出てこない。友だち以外はダメでしたね」

写真はイメージです(写真/PhotoAC)
写真はイメージです(写真/PhotoAC)

2年生になると、「ちょっと微熱がある」と仮病を使い、最初は週2日、次の週は3日休んだ。5月の連休が終わると、完全に学校へ行かなくなった。

両親は共働きで、父親は会社員、母親は障害者施設に勤めていた。「ゆるい感じの両親だった」というが、「義務教育だから行かないと犯罪だぞ」と何度も怒られた。それでも太郎さんは、テコでも動かなかったそうだ。

「とにかく行きたくない。頑固というか。当時、“理由なき登校拒否”って言葉が流行っていたと思うけど、まさにそれ。私の学年では、私が2人目でしたね」