M-1グランプリの1回戦を突破したが……
太郎さんは座禅をしながら正式に僧侶になることを決意。しばらく修行をした後、両親も呼んで得度式という儀式を盛大にやってもらった。25歳のときだ。
「親も、ようやくこの子、落ち着いてくれると大喜びですよ。次は、住職になる資格を取るため専門僧堂に3年ほど行くんですが、行く寸前の準備期間にやらかしまして。だんだん生活がマンネリ化してきて、ちょっとダレちゃったんですよ」
捨てたはずのお笑いの夢がむくむくと蘇ってきて、「どうしても漫才がやりたい」と思った太郎さん。禅寺に修行に来ていたアメリカ人男性に「一緒にやらないか」と声をかけるとあっさりOK。グリーンライトというコンビ名を考えてくれ、2人でM-1グランプリの予選に出た。
日本語と英語の早口言葉対決ネタをやったら、まあまあウケた。喜んで禅寺に帰ってくると、門で和尚さんが仁王立ちしている。
「『お前ら、何考えとるんやー‼』って、首根っこ掴まれて雷を落とされて。自分では和尚さんに許可取ったつもりだったけど、『わしは許可していない』と。すれ違っちゃったんですね。
2回戦の通知が来て、手足をガクガク震わせながら和尚さんに出たいと頼んでみたけど、案の定、もう1回、雷。もう夢も潰えたし、そこで気持ちがプツっと切れちゃって」
何も言わずに新幹線に飛び乗り、夜中の2時に実家にたどり着いた。こっそり自室のベッドに潜り込み、頭から布団をかぶる。眠れないまま朝になると、起きてきた母親に驚かれた。父親も肩を落として残念がる。
太郎さんは、「もう戻れない。しばらく休ませてくれ」と言うことしかできなかった。
〈後編へ続く『「お坊さんもお笑いも、あきらめます」禅寺を逃げ出し6年ひきこもり…42歳で見つけた意外な生きがい』〉
取材・文/萩原絹代

















