アルコール依存症の両親が毎晩のように喧嘩

「家は地獄でしたね。正直、どこかに逃げられたらよかったけど、子どもなんで逃げる場所も知らないし」

その穏やかな口調とは裏腹に、ケイさん(46)が育った環境は過酷だ。病院勤めだった父親と専業主婦の母親はアルコール依存症で、毎晩、焼酎を流し込むように飲んでいたという。

「2人とも精神的に弱くて、人生の生きづらさを忘れたいからお酒を飲むという感じです。特に母親は被害妄想の塊みたいなところがあって、飲んでいる間中、愚痴を言うんですね。誰々がどうした、あの人は嫌いだとか。

父親は寡黙だけど結構、亭主関白なタイプで、母親に『お前が悪いんだ』とか言って手を出す。母親も勝ち気な人なので反撃するから、殴り合い、物の投げ合いになる。夫婦喧嘩が始まると危ないんで、俺と兄は別の部屋に逃げ出して。そんなことが日常茶飯事で、恐怖でしたよ」

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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ケイさんはどうにかして酒をやめさせようと、子どもなりに知恵を絞った。思いついたのは、“いい子の仮面”をつけること。

「自分は何のために生きているんだろうとか、人生哲学みたいなことを考えてしまう子どもだったんです。親が喧嘩する理由を考えて、機嫌がよかったら飲まないんじゃないかと思って、親におべっか使うみたいな感じで、いい子の仮面をつけたまま接していました。まあ、それでも両親は飲んじゃうんですけどね」

今回、自身の経験を話してくれたケイさん
今回、自身の経験を話してくれたケイさん

自己肯定感が皆無で早く死にたかった

学校も安らげる場ではなかった。人見知りのケイさんは人と関わるのが苦手。誰とも話さず、学校でも仮面をかぶったまま「存在を消して」過ごしていたそうだ。

3歳上の兄が中学2年で不登校になり、ケイさんも後を追うように行かなくなった。小学5年生のときだ。

「兄が学校に行かなくなった理由は知らないけど、そんな選択肢があるんだ、おお、素晴らしいと(笑)。母親は体裁を気にして、力づくで学校に引っ張って行かされたけど、1週間くらいで『もう勝手にしなさい』と。

2人でひきこもった後は、母親が家事をしなくなりまして。カップ麺やパン、お弁当を買ってきて、置いてある。狭い団地暮らしなので、誰もいないなと感じたら、食べ物をあさりに行くって感じでした」

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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そして、少しためらいながら、ケイさんが打ち明けてくれたのは、ある事実。

「実は自分、性自認が女性なんですよ。10代のころから自覚があって、最初は男性として男性が好きなのかなと思ったけど、女性として男性が好きだと気づいて。本当は女性に生まれたかった。不登校とは直接関係ないけど、それが、どんどん自分を追い詰めてしまう理由にはなっていましたね。叶わない願いを想ってしまって」

中学は1日も行かないまま卒業。高校にも進学せず、家でひたすらゲームをしていた。

「ファミコン、スーパーファミコン、携帯ゲーム機など、なぜかゲームは買ってもらえたので。将来のこととか何も考えてなかったです。自己肯定感が皆無で、生きててすみませんみたいな感じ。だから早いとこ死にたい。想像では何度も自殺したけど実行に移す勇気は持てないから、何かの病気で死なないかなと思ってました」