専門人材不足と支援団体との連携不足

石川県知事選で勝利した山野之義氏(本人Xより)
石川県知事選で勝利した山野之義氏(本人Xより)

同資料には他にも「応援団体の活動調整等を行うことができる防災の専門人材が不足」「被災者の生活支援の実績を持つ災害支援NPOなど民間支援団体との連携が不足」などが指摘されている。

こうした厳しい指摘に対し、馳知事は東洋経済オンライン(2026年1月10日)のインタビューで反論と釈明を行っている。

県職員の意識が欠如し受け身だったという点については、「大地震が起きたときに県のどの部局が何をするかというマニュアルがなかったのです。ですから、実際に大地震が発生しても職員は動き方がわからない。動きようがなかったんです」と語り、過去27年間被害想定が見直されていなかった県の背景を主張した。

また、危機部局の権限が不明確だった点には、「独立した部にするほど大きな組織ではなかったので、各部局との連絡調整が多い総務部内に危機管理監室を位置づけたのです」と説明している。

さらに、被災地への訪問が遅れたことや現地対策本部を設置しなかったとの批判に対しても、知事は自らの行動を説明している。「発災翌日の朝7時6分から、消防防災ヘリで2時間かけて被災地をすべて回り、すさまじい状況を目の当たりにしました」と初動の早さを強調した。

開設初期に間仕切りが設営できず雑魚寝が発生

その上で、現地に対策本部を置かなかった理由を「自分が被災地に入れば、市町の関係者が応接に手間を取られ、災害対応が滞る懸念があった。だから知事室に泊まり込んで、24時間体制で陣頭指揮を執ったのです」と反論している。

また、「甚大な被害が1自治体ではなく、6市町の広範囲に及び(中略)現実的に難しかった」とし、「指揮命令系統が(中略)国の対策本部につながることにもなり、混乱が予想された」と当時の判断の妥当性を主張した。

報告書は被災者支援についても、県の想定不足を指摘している。

県も支援される側という意識から、主体的な活動調整を行う意識が欠如していた、広域避難が必要な場合の想定が希薄であり、避難を希望する方は指定避難所に全て避難できるという固定観念があった、さらに長期的なライフライン途絶による長期間の生活支援の想定も不足しており、開設初期に間仕切りが設営できず雑魚寝が発生した…

これらについても馳知事は、当時の法制度の限界を反論として挙げている。