──「本質観取」という言葉、今回の本で初めて知りました。
苫野 想像以上の反響に驚いています。「本質観取」という言葉じたい、ほとんど誰も知らなかったはずなのに、これだけ興味を持ってくださる方が多いことに希望を感じました。新書の帯にも書いてありますが、「“言いっぱなし”でも“論破”でもない」本当に建設的な対話に関心が集まっているんだな、と。
今回の新書を基にして、実際に本質観取をやってみましたという声も届いています。私は特に学校教育が大事なフィールドのひとつなので、学校で試してみたという方が多くて嬉しいですね。
岩内 私には哲学関係の方から多く反響が来ています。今回の新書が出るまでは、本質観取というと哲学を専門に学んだ人しかできないんじゃないか、難しいんじゃないか、と思われていた面がありましたが、新書を参考に試してみたとの声が届いています。すでに哲学対話をやっていた人たちの間にも広まったんじゃないかな、と手応えを感じています。
稲垣 私は日本語教育が専門で、「対話」は日本語教育の重要なキーワードでもあります。「ファシリテーションのコツ」など、具体的なやり方が詳細に書かれているのがとても好評で、言語教育でも実際に試してみたいと思った、という現場からの肯定的な感想が多いです。
──今回は3名の著者による「共同執筆」形式という、少しイレギュラーな体裁になっています。
苫野 通常は複数の著者がいる場合、各章をそれぞれが書く「分担執筆」形式になりますよね。でも、この形態ってどこか読者を“没入させない”ところがある気がするんです。なので、一気に読んでいただけるようにするには、単独の著者が書いているようなスタイルにしたいね、ということは割と早くから3人で話し合って決めました。
大枠で分担する内容・範囲を決めて、いったんそれぞれで書いて。それを互いにコメントし合って書き直し、最終的には私が文体の統一をしたんですけど……。これが予想外にとんでもなく大変でした。私がこれまでに書いた本で一番苦労したと思います(笑)。
──「あとがき」では、本書は「まさに“対話”を重ねて書き上げた共同作品である」と書かれています(246頁)。この本の執筆そのものも、ひとつの“対話”の実例だったのですね。
苫野 やっぱりそれぞれ著書と個性的な文体を持っている著者たちなので、個性的な思考の流れがあります。それを生かしつつ文章を整えていくわけですが、どうしても文体を変えると持ち味が消えてしまうこともあって。ここをいじると個性が消えちゃうんじゃないか、でも中途半端に修正するとチグハグになるんじゃないか、……とめちゃくちゃ悩んで。いままでに使ったことのない脳の部分を使った気がしますね。
稲垣 私は一般向けの書籍をこれまであまり書いたことがなくて、どうしても論文っぽくなっちゃうんです。今回はすごく勉強になりました。
苫野 推敲の作業を通して、岩内くんや稲垣さんの思考回路とかモードとかを追体験させてもらった気がします。時には「うわぁ~、岩内になりたくねぇ~!」と思いながらも、憑依する感じになったりして(笑)。そのプロセス自体も楽しかったですね。やっぱり同じところを目指して、志を共にできる仲間がいるというのはありがたいことです。














