「象徴」と「鬼才」による快著
オードリー・タンとグレン・ワイルによる『PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義』は、政治思想史を研究する筆者にとって、まさに快著である。二人の天才が、ぐっと自分の近くにまで来てくれたというのが、本を読んでの最初の感想である。
もちろん二人の仕事には、これまでも強い関心を抱いてきた。オードリー・タンは、市民による政治参加とテクノロジーを結びつけた、まさにシビック・テック理念の象徴であるし、グレン・ワイルは公正な市場と民主主義を結びつけ、私的所有に大胆に切り込んだ鬼才である。濃淡こそあれ、親しみと敬意を感じてきた二人の著者が手を組んで書いた真の共著、しかも二人をつなぐのは『なめらかな社会とその敵』の著者である鈴木健とあれば、本を開いたときにときめきのようなものを感じたとしても、軽薄とそしられることはないだろう。
しかしながら、驚いたことに、本を読み進めていてまず出会ったのは、筆者が長年研究してきた思想家アレクシ・ド・トクヴィルである。地方自治などの活動を通じて、市民が日常的に協力し合い、地域の課題を自ら解決していくことが民主主義の礎となると説いた一九世紀フランスの思想家が、本書では当然のように登場する。
「深く多様で、非市場的で分散化した社会市民的なつながりがないと、民主主義は機能しないのだ」(同書39頁)。
筆者自身、トクヴィルが民主主義社会の鍵であるとしたアソシエーション、すなわち個人の自発的意思に基づく社会的結合を現代的に生かすものとして、ファンダムの原理に着目している。デジタル民主主義を支えるためにも、リアルな人間関係の活性化が不可欠であろう。