分断の再生産で疲弊していく社会

オードリー・タンとグレン・ワイルが目指すのは、この「分断」状況を見据えた上で、「連帯」の可能性を模索することである。

もう少し正確に言おう。プルラリティは「分断」の解消を安易に約束するわけではない。対立する両当事者をテック的に「橋渡し」しようとするのである。

「橋渡し」によって何が生まれるのか。それはやってみなければわからない。しかし、この試みを私風に翻訳すれば、新たな「市民」というステータスを立ち上げようとするプロジェクトと言っていいだろう。

温暖化や食の安全、シャッター商店街問題、いじめや労働環境の改善、等々は、性別や政党や国籍やイデオロギーに関係なく、みなが連帯して取り組める争点である。

政党や利益団体やイデオロギー団体によって「タテ」に仕切られた構造しかない社会は、結局、分断の再生産で疲弊していく。哀れな破壊的末路はもうすぐそこまで来ている。この国は、どこかで「タテ」の構造を「ヨコ」に開くチャンネルを設けないと、対立と憎悪と混沌によって崩壊するほかない。オードリーとグレンの挑戦はそれを救うかもしれないのだ。

オードリー・タン氏 撮影/もろんのん
オードリー・タン氏 撮影/もろんのん

憲法的「不断の努力」のためのプラットフォーム

私は、2023年に『主権者を疑う』(ちくま新書)を発表した。

その中で、「デモでは誰も名刺交換はしない」というある市民運動家の言葉を引用した(同書247頁以下)。

名前も地位も分からない見ず知らずの人たちとともに歩む、これが市民社会の原風景だと思ったからである。プルラリティは、このような原風景を、政策形成や合意調達という政治的次元において、どうにか実現させようとする冒険である。

ところで、日本国憲法12条は次のように定める。

「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。」

自由や権利はタダではない。「不断の努力」によってメンテナンスしなければならないのだ。しかも、自由や権利は「常に公共の福祉のために利用」せよ、と憲法は言っている。「分断」の拡大再生産はこの条文に反する。他方で、プルラリティはこの条文の要請を果たすためのプラットフォームを提供しようとしている。これは、やはり、憲法的である。

文/駒村圭吾

PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来
オードリー・タン (著)、 E・グレン・ワイル (著)、 山形浩生 (翻訳)、⿻ Community (その他)
PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来
2025/5/2
3,300円(税込)
624ページ
ISBN: 978-4909044570

世界はひとつの声に支配されるべきではない。

対立を創造に変え、新たな可能性を生む。
プルラリティはそのための道標だ。

空前の技術革新の時代。
AIや大規模プラットフォームは世界をつなぐと同時に分断も生んだ。
だが技術は本来、信頼と協働の仲介者であるべきだ。

複雑な歴史と幾多の分断を越えてきた台湾。
この島で生まれたデジタル民主主義は、その実践例だ。
人々の声を可視化し、多数決が見落としてきた意志の強さをすくい上げる。
多様な声が響き合い、民主的な対話が社会のゆく道を決める。

ひるがえって日本。
少子高齢化、社会の多様化、政治的諦観……。
様々な課題に直面しながら、私たちは社会的分断をいまだ超えられずにいる。

しかし、伝統と革新が同時に息づく日本にこそ、照らせる道があると著者は言う。

プルラリティ(多元性)は、シンギュラリティ(単一性)とは異なる道を示す。
多様な人々が協調しながら技術を活用する未来。

「敵」と「味方」を超越し、調和点をデザインしよう。
無数の声が交わり、新たな地平を拓く。
信頼は架け橋となり、対話は未来を照らす光となる。

現代に生きる私たちこそが、未来の共同設計者である。

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主権者を疑う ——統治の主役は誰なのか?
駒村圭吾
主権者を疑う ——統治の主役は誰なのか?
2023/4/7
1,012円(税込)
304ページ
ISBN: 978-4480075468

主権とは何か? 主権者とは誰か?
恐怖と期待が入り混じる、この〝取り扱い注意〞の概念といかにつきあっていくか?


近年の改憲ムーブメントで連呼された「最終的に決めるのは、主権者たる国民の皆様です!」――私たちは改めて主権者としての自覚が求められ、いよいよ最後の出番に呼び出しがかけられている。しかし、主権とは何で、主権者とは誰なのか? 本書は、神の至高性に由来するこの“取り扱い注意”の概念を掘り下げ、新たなトリセツを提示する。ロゴスから意思へ、神から君主そして国民へ、魔術から計算へ、選挙からアルゴリズムへ――中世神学から現代の最新論考までを包含しためくるめく“主権者劇場”がここに開幕!

「国家統治という入口も出口も休演もない〝劇場〞に、〝舞台〞だけでなく、舞台から降りて〝客席〞に座り、統治劇を眺めることも、居眠りをして自分だけの夢想にふけることも憲法は可能にした」(本文より)

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テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?
李 舜志
テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?
2025年6月17日発売
1,188円(税込)
新書判/264ページ
ISBN: 978-4-08-721369-0
世界は支配する側とされる側に分かれつつある。その武器はインターネットとAIだ。シリコンバレーはAIによる大失業の恐怖を煽り、ベーシックインカムを救済策と称するが背後に支配拡大の意図が潜む。人は専制的ディストピアを受け入れるしかないのか?
しかし、オードリー・タンやE・グレン・ワイルらが提唱する多元技術PLURALITY(プルラリティ)とそこから導き出されるデジタル民主主義は、市民が協働してコモンを築く未来を選ぶための希望かもしれない。
人間の労働には今も確かな価値がある。あなたは無価値ではない。
テクノロジーによる支配ではなく、健全な懐疑心を保ち、多元性にひらかれた社会への道を示す。
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