連句に学ぶ「つかず離れず」の距離感

 田中先生は御著書で、連で分岐していく人格を「アバター」になぞらえた話もされていました。今回の本で僕は最新のテクノロジーの話をしましたが、複雑系にしても欧米から最新のアイディアを輸入することも大事ですけども、江戸時代に結構ヒントがあると思っています。明治の近代化にあたって自分たちが捨て去ってきたもの、先生はその「捨て去ってきたものの豊かさ」を研究されてきたんですけど、それを再検討する機会ではないかと思います。

田中 非常に似ているところがあるなとは思いますね。もう一つ複雑系では、御著書でも書いていらっしゃったけれども、「カオスの縁(ふち)」という問題。必ず何かが生じる時にはエントロピーがマイナスになるから、カオスというのは自分自身で秩序を作っていく。

この「自分自身で」というのがすごく大事なことで、だからカオスの縁に何かが起こる。現代の私たちは「秩序とカオス」というふうに二分岐で考えてしまうけど、つねに創造はその「間(あいだ)」で起こるんです。だから分岐する前の「縁」と言っていることが、とても大事で。私は「あいだ」という言葉もとても大事にしています。「あいだ」って「間(ま)」とも書くんだけども、間の考え方というのは日本の伝統の中に確実にあるんです。

普通の座敷でもそうだけど、「間(ま)」は何か用途が決まっているのではなくて、誰かがそこに入った途端にその場ができる。そういうふうに場と人間が相互作用してしまう。だから、そういうような「あいだ」の感覚というのかな、それがこの本の「多元性」の問題にも出てきているのですごく面白かった。

 ありがとうございます。「カオスの縁」と少し関連する話でいうと、田中先生は松岡正剛さんとの対談で、「高度経済成長が進むに従って、近所というものが変わった」という趣旨の話をされています。高度成長以前の日本には「つかず離れず」の近所関係があったと。それは江戸時代の連にも通じるもので、人々は助け合うけれど、組織的、全体主義的にはならない。個人と個人の間の隙間が維持されつつ、でも協同もしあう。そういった関係がなぜ成立したのか、すごく興味のあるところです。

田中 そうね、理由は私もよくわからないのだけど。でも、連的な関係ってやっぱりそういうふうになっていて。連句で説明することが私は多いのですが、俳句じゃないんです。俳句というのは近代の言葉なので、江戸時代はまだ連句といっている。連句の場合には、複数の人間がいないと句が作れない。結局、場がないと句は作れない、場がないと文学は生まれないって考えているんです。

まず「場」があって、何人かの人がそれを共有している。そうすると、五七五七七、五七五七七と複数で詠んでいく時に、前の人とつきすぎると同じになってしまう。同じになった途端に動きが止まる。前の人を無視して、全く違う自分だけの境地で詠んでも離れてしまう。離れすぎても動きが止まる。だから、つきすぎないで離れすぎない、そういうまさに「あいだ」の関係をつくっていくことこそ人がやるべきことで、それは今、連句を例にしたけれども、人間関係についてもそう思っているわけですね。

だから人間関係というのは、距離を測るものだと。たとえば敬語の使い方にしても、彼らは私たちほど厳密にはやっていないですよ。適当にやっているんだけど、でも敬語を使う工夫をしながら、人との距離を測っているんです。その距離の中の「あいだ」をつくっていくことで社会が成り立っているので、江戸には「集団」という考え方がない。

 僕も田中先生の書かれたものを読んで、ひとつ諳(そら)んじることができまして。「市中は物のにほひや夏の月」。これが野沢凡兆で、それを受けて松尾芭蕉が「あつしあつしと門々の声」。

田中 そのとおり!

山形県の山寺にある松尾芭蕉の銅像 写真/Shutterstock
山形県の山寺にある松尾芭蕉の銅像 写真/Shutterstock

 先ほどおっしゃったように、近代的な「俳句」という考え方だったら、凡兆が完成品を作って、もうそれでおしまいですけど、でもそこに芭蕉という、原作者でない人が句をつける。しかもそれが絶妙に、全く一緒でもなく、全く違う句をつけるのでもないというような、その「あいだ」のさじ加減で創造的な句が生まれる。

田中 次の人が前の人を相対化してしまうんですね。だから、絶対存在にしないということかな。

 そうですね。その本で先生は「俳諧というのは相対化していくことだ。句と句、人と人がどんどんつながる形で」という話をされていました。

田中 そういうふうに私は、自分がやってきたことと李先生の御著書とを結びつけて考えることはなかったけど、そう言われればそうか。新たな発見だな。

もうひとつ、御著書の言葉で、「私たちが何者であるかということの大部分は、他者と共有するさまざまな経験によって決まる」ということを書いていらっしゃるじゃない? まさにそれなんですよね。江戸時代の人はその感覚を持っていた。要するに、他者がいなければ自分はいない。