「西洋近代」の終焉を迎えて

 他者がいなければ自分はいない。それは現在、小説家の平野啓一郎さんが「分人」という概念で提唱していますし、田中先生と松岡正剛さんの対談でも、「個人」とか「集団」という概念は西洋から来て、それによって「連」という考え方が消えてしまったという話があった。たしかに連というのは集団でもないんだけど、個人でもない。そういう考え方がかつての日本にあったことは、いま想起されるべきことだと思います。

田中 今まさに「集団でもない、個人でもない関係」が、「第三の道」として大事だというふうになってきたのはなぜなんだろう?

 最近、文化人類学者のジョセフ・ヘンリックという人が『WEIRD 「現代人」の奇妙な心理』(邦訳、上下巻、白揚社)という本を出して、WEIRDはアルファベットの頭文字で、Western, Educated, Industrialized, Rich and Democratic。要するに「西洋近代」的な、民主主義国家で産業化されていて、いわゆる近代教育も受けている階層のことです。でもこれは歴史的に見ると、ある特殊な時期に現れただけで、実は普遍的ではないという話をしています。WEIRDの人たちの特徴って、物事を切り分けて見てしまうんです。だから個人というのは、本当に個人として完結しているというふうに見て、他者との関係性を捨象してしまう。

現在、いわゆる資本主義とか民主主義が行き詰まっているのは、もう対症療法ではどうにもならず、むしろ「西洋近代そのものに問題があるのではないか」という危機意識があります。そこでWEIRD的なものとは違う人間観とか宇宙観が必要で、「個人でも集団でもない」とか、「デジタルを活用した新たなネットワーク」とかが注目されているのかなと思いました。

田中 なるほど。WEIRDというのは、アメリカの民主党の中心部にいるような、白人エリート層が持っている近代的感覚ですね。一見新しいように見えるけれど、実は古い。「現代」ではなく「近代的」な価値観を以て「民主主義」ということを言っているわけだから。それに違和を感じる人たちが出てきているんでしょうね。

台湾の「デジタル民主主義」と日本の江戸文化の共通点とは…分断と対立を煽る「新たな帝国主義」に対抗する希望の道_5

 そうなんです。ただ、そのエリート的な近代の考え方に対するカウンターが、全体主義だったり、究極自由主義だったりというのは、さすがに問題があります。だからそうでない形で改めて、人間や世界のあり方を考え直すための概念的道具として「WEIRDではない、ものの考え方」というのが世界的には注目されている。そして僕は、それは江戸にもあるのではないかと思っています。日本は明治になる時、近代化することで、江戸にあった豊かな文化を切り捨ててしまったのではないかと。

構成/高山リョウ 撮影/岩根愛

テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?
李 舜志
テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?
2025年6月17日発売
1,188円(税込)
新書判/264ページ
ISBN: 978-4-08-721369-0
世界は支配する側とされる側に分かれつつある。その武器はインターネットとAIだ。シリコンバレーはAIによる大失業の恐怖を煽り、ベーシックインカムを救済策と称するが背後に支配拡大の意図が潜む。人は専制的ディストピアを受け入れるしかないのか?
しかし、オードリー・タンやE・グレン・ワイルらが提唱する多元技術PLURALITY(プルラリティ)とそこから導き出されるデジタル民主主義は、市民が協働してコモンを築く未来を選ぶための希望かもしれない。
人間の労働には今も確かな価値がある。あなたは無価値ではない。
テクノロジーによる支配ではなく、健全な懐疑心を保ち、多元性にひらかれた社会への道を示す。
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PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来
オードリー・タン (著)、 E・グレン・ワイル (著)、 山形浩生 (翻訳)、⿻ Community (その他)
PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来
2025/5/2
3,300円(税込)
624ページ
ISBN: 978-4909044570

世界はひとつの声に支配されるべきではない。

対立を創造に変え、新たな可能性を生む。
プルラリティはそのための道標だ。

空前の技術革新の時代。
AIや大規模プラットフォームは世界をつなぐと同時に分断も生んだ。
だが技術は本来、信頼と協働の仲介者であるべきだ。

複雑な歴史と幾多の分断を越えてきた台湾。
この島で生まれたデジタル民主主義は、その実践例だ。
人々の声を可視化し、多数決が見落としてきた意志の強さをすくい上げる。
多様な声が響き合い、民主的な対話が社会のゆく道を決める。

ひるがえって日本。
少子高齢化、社会の多様化、政治的諦観……。
様々な課題に直面しながら、私たちは社会的分断をいまだ超えられずにいる。

しかし、伝統と革新が同時に息づく日本にこそ、照らせる道があると著者は言う。

プルラリティ(多元性)は、シンギュラリティ(単一性)とは異なる道を示す。
多様な人々が協調しながら技術を活用する未来。

「敵」と「味方」を超越し、調和点をデザインしよう。
無数の声が交わり、新たな地平を拓く。
信頼は架け橋となり、対話は未来を照らす光となる。

現代に生きる私たちこそが、未来の共同設計者である。

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