台湾の「デジタル民主主義」と日本の江戸文化の共通点とは…分断と対立を煽る「新たな帝国主義」に対抗する希望の道
世界は支配する側とされる側に分かれつつある。AIに代表されるデジタル技術が分断と対立を量産。巨大プラットフォームが権威となり、民主主義の危機的な状況が続いているからだ。だがいっぽうで台湾では政治と一市民との架け橋になるシステムが構築され実装された。この「デジタル民主主義」に詳しい李舜志氏(法政大学社会学部准教授)と、江戸研究の第一人者である田中優子氏(法政大学名誉教授)が、「デジタル民主主義」のテクノロジーと、江戸文化の意外な接点について語り合った。
「西洋近代」の終焉を迎えて
李 他者がいなければ自分はいない。それは現在、小説家の平野啓一郎さんが「分人」という概念で提唱していますし、田中先生と松岡正剛さんの対談でも、「個人」とか「集団」という概念は西洋から来て、それによって「連」という考え方が消えてしまったという話があった。たしかに連というのは集団でもないんだけど、個人でもない。そういう考え方がかつての日本にあったことは、いま想起されるべきことだと思います。
田中 今まさに「集団でもない、個人でもない関係」が、「第三の道」として大事だというふうになってきたのはなぜなんだろう?
李 最近、文化人類学者のジョセフ・ヘンリックという人が『WEIRD 「現代人」の奇妙な心理』(邦訳、上下巻、白揚社)という本を出して、WEIRDはアルファベットの頭文字で、Western, Educated, Industrialized, Rich and Democratic。要するに「西洋近代」的な、民主主義国家で産業化されていて、いわゆる近代教育も受けている階層のことです。でもこれは歴史的に見ると、ある特殊な時期に現れただけで、実は普遍的ではないという話をしています。WEIRDの人たちの特徴って、物事を切り分けて見てしまうんです。だから個人というのは、本当に個人として完結しているというふうに見て、他者との関係性を捨象してしまう。
現在、いわゆる資本主義とか民主主義が行き詰まっているのは、もう対症療法ではどうにもならず、むしろ「西洋近代そのものに問題があるのではないか」という危機意識があります。そこでWEIRD的なものとは違う人間観とか宇宙観が必要で、「個人でも集団でもない」とか、「デジタルを活用した新たなネットワーク」とかが注目されているのかなと思いました。
田中 なるほど。WEIRDというのは、アメリカの民主党の中心部にいるような、白人エリート層が持っている近代的感覚ですね。一見新しいように見えるけれど、実は古い。「現代」ではなく「近代的」な価値観を以て「民主主義」ということを言っているわけだから。それに違和を感じる人たちが出てきているんでしょうね。
李 そうなんです。ただ、そのエリート的な近代の考え方に対するカウンターが、全体主義だったり、究極自由主義だったりというのは、さすがに問題があります。だからそうでない形で改めて、人間や世界のあり方を考え直すための概念的道具として「WEIRDではない、ものの考え方」というのが世界的には注目されている。そして僕は、それは江戸にもあるのではないかと思っています。日本は明治になる時、近代化することで、江戸にあった豊かな文化を切り捨ててしまったのではないかと。
構成/高山リョウ 撮影/岩根愛
テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?
李 舜志
2025年6月17日発売
1,188円(税込)
新書判/264ページ
ISBN: 978-4-08-721369-0
世界は支配する側とされる側に分かれつつある。その武器はインターネットとAIだ。シリコンバレーはAIによる大失業の恐怖を煽り、ベーシックインカムを救済策と称するが背後に支配拡大の意図が潜む。人は専制的ディストピアを受け入れるしかないのか?
しかし、オードリー・タンやE・グレン・ワイルらが提唱する多元技術PLURALITY(プルラリティ)とそこから導き出されるデジタル民主主義は、市民が協働してコモンを築く未来を選ぶための希望かもしれない。
人間の労働には今も確かな価値がある。あなたは無価値ではない。
テクノロジーによる支配ではなく、健全な懐疑心を保ち、多元性にひらかれた社会への道を示す。
PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来
オードリー・タン (著)、 E・グレン・ワイル (著)、 山形浩生 (翻訳)、⿻ Community (その他)
2025/5/2
3,300円(税込)
624ページ
ISBN: 978-4909044570
世界はひとつの声に支配されるべきではない。
対立を創造に変え、新たな可能性を生む。
プルラリティはそのための道標だ。
空前の技術革新の時代。
AIや大規模プラットフォームは世界をつなぐと同時に分断も生んだ。
だが技術は本来、信頼と協働の仲介者であるべきだ。
複雑な歴史と幾多の分断を越えてきた台湾。
この島で生まれたデジタル民主主義は、その実践例だ。
人々の声を可視化し、多数決が見落としてきた意志の強さをすくい上げる。
多様な声が響き合い、民主的な対話が社会のゆく道を決める。
ひるがえって日本。
少子高齢化、社会の多様化、政治的諦観……。
様々な課題に直面しながら、私たちは社会的分断をいまだ超えられずにいる。
しかし、伝統と革新が同時に息づく日本にこそ、照らせる道があると著者は言う。
プルラリティ(多元性)は、シンギュラリティ(単一性)とは異なる道を示す。
多様な人々が協調しながら技術を活用する未来。
「敵」と「味方」を超越し、調和点をデザインしよう。
無数の声が交わり、新たな地平を拓く。
信頼は架け橋となり、対話は未来を照らす光となる。
現代に生きる私たちこそが、未来の共同設計者である。