国民の避難計画の実行は政府が「武力攻撃予測事態」の認定が前提だが、それは事実上の“宣戦布告”になってしまう
布施 あと実行可能性という点では、これは自衛隊の元将官の方も指摘しているんですが、国民保護というのは日本政府が事態認定しないと動き出さないんです。でも、日本政府が「武力攻撃予測事態」を認定すれば、自衛隊に「防衛出動待機命令」が出される、つまり戦闘準備を始めるわけです。つまり日本政府として「我々はこれから戦いますよ」という意思表示にもなってしまう。
そうなると、中国は自衛隊の介入を止めるために、先制的に攻撃してくるかもしれない。避難のために空港や港に住民が集まっているところにミサイルが飛んでくる可能性もあるわけです。
そんなリスクがある中で、はたして本当に安全に移動できるのか。しかも民間の航空機やフェリーをチャーターして行くわけですから、業者は社員をそんな危険なところに送れるのか、という問題もある。つまりハッキリ言って今の状況だと、国民保護とか避難計画というのは、「絵に描いた餅」だと思います。
林 そうですね。たとえば戦争が始まる前に疎開をやるということは、事実上の宣戦布告になりますね。だから逆に、戦争の緊張を高めてしまう。もちろん戦争が始まってから疎開するというのは、危険きわまりないし非常に難しいのですが……。
ですから、本当にこの計画を真面目にやろうとしているんだったら、その時点で大変怖い話です。
米軍が日本の市民を犠牲にするような作戦をやろうとした際、「そういうやり方は容認できない」と言える政府や自衛隊じゃないといけない
林 けっきょく米軍は、この間の動きを見ていると、日本の自衛隊の基地も使うし、民間の飛行場や港湾施設もどんどん使っていく。それはもともと米軍が日米安保体制で想定したやり方でもあるわけです。日米安保条約を結んだ当時の国家安全保障会議の文書に「日本の必要と思われる場所に、必要と思われる期間、必要と思われる規模の軍隊を保持する権利」とあります。
当時はソ連に対する戦争を考えていたんですが、一ヵ所にとどまっていると、そこが攻撃されれば潰されるので、「日本列島中をどんどん移動しながら戦う」と。出撃した場所は当然反撃されて破壊されますから、どんどん移動していく。そこに住んでいる人々のことなど何も考えていない。
今の米軍も、比較的小規模のミサイル部隊をどんどん送り込んで、撃ったらまた別のところに行く。まさに「全土基地方式」で、日本列島どこにでも移動しながら戦う。当然そこは攻撃されるけれども、米軍自体はすぐ他のところに移って被害を受けないようにする。でも基地のまわりに住んでいる人々はたくさんいるわけですから。
つまり米軍には、「日本列島に住んでいる人々の被害を防ぐ」という発想自体が全くない。それに自衛隊も乗っかって一緒にやっているということ自体が、非常に危険です。
自衛隊自身が「国民、あるいは市民の生命、安全を守る」ということを考えないといけない。そして同時に、米軍が日本という土地で戦争をする場合に、住民の安全を無視したやり方をするのに、いかに歯止めをかけるか、ということをやらないといけない。
それは本来、日本政府がきちんとアメリカ政府に言うべきだし、先ほど布施さんも言われたように、米軍が市民を犠牲にするような作戦をやろうとした場合、自衛隊がそれに協力するのか?
「いや、自衛隊としてはこれはできない」とか、政府として「そういうやり方は多くの犠牲を生むのでできない」ということをきちんと言える政府じゃないといけないし、言える自衛隊にしないといけない。
そういう意味で、自衛隊のあり方をきちんと考えると同時に、日米安保条約のあり方を、「今のように米軍に言われるままでいいのか」と、国民みんなで議論しないといけない。安保条約に賛成するか反対するかを超えて、少なくとも安保条約が今あるから米軍はいるんだけれど、「米軍の活動の仕方は、もっと日本に住んでいる人々の生命を守るような対策をやらせるべきだ」と。そこはしっかり議論しないといけません。
「安保条約は要らない」という議論も当然やりつつ、「いかにして人々を守るのか」ということを考えていく。ここも先ほどの自衛隊に関する問題と同じように、立場を超えて共通の認識というか、「少なくとも日本列島に住んでいる人々の生命を第一にしましょう、そのために考えよう」というのは、たぶん幅広い人々の間で合意できるはずなんです。
もちろん「そんなことを議論する必要はない、戦争をやらなければいいんだ」というのは大前提なんですが、ただ、この間の事態は「戦争をやらないようにしよう」というだけでは済まないような状況がやはりあるし、たぶん日本の国民の中でも「戦争が起きないのが一番いいんだけれど、でも起きるかもしれない」という危機感というか恐怖というか、そういうものを感じている人もたくさんいる。
だからその問題はタブー視せずに考えるべきだと思います。
そのときにやっぱり沖縄戦というのが、過去の経験としてあるので、ここから何を教訓として酌み取るのかというのを冷静に議論すべきでしょう。
構成=稲垣收