2人のスター経営者から浮かび上がる共通点

王氏は、日本にも縁の深い人物で、過去に幾度となく日本を訪れていた。もとより、万科は中国の不動産業界で初めて物件管理サービスを導入し、これはソニーのアフターサービスからヒントを得たのだった。

日本の不動産会社と連携し、多くの社員を日本研修へ派遣するなど、隣国のノウハウを積極的に取り入れてきた。1994年の『日本経済新聞』の記事で、王氏は「ソニー、松下、トヨタのような大企業に育てるのが私の夢」と語っている。

著書には日本についてこのような記述がある。

私は日本で忘れられない経験を数多くしたが、最も印象的で刺激的だったのは、1995年の日本列島横断の旅だった。九州の熊本から車を走らせ、最初に立ち寄ったのは本州と四国を結ぶ瀬戸大橋だった。海に浮かぶ5つの島に架かるこの橋は、3つの吊り橋、2つの斜張橋、1つのトラス橋で構成されて、全長13.1キロメートル、海峡部は9.4キロメートル、全体の長さは37.3キロメートルに達する。9年の歳月をかけて建設された、世界の橋梁史に残る前例のない傑作である。橋の片側には小さな博物館があり、そこで何気ない手書きのスケッチが私の目を引いた。これは100年以上前、日本人技師が描いた橋のスケッチである。そのとき私はふと思った。清朝末期、中国の熟練した職人たちは、同じ時期に何を作ろうと考えていたのだろうか、と。(『大道当然──我与万科[2000〜2013]』(未邦訳))

万科は2015年に「宝能投資集団」と呼ばれる無名の企業から敵対的買収を仕掛けられ、長期にわたって経営が混乱した。その責任をとってか、王氏は2017年には董事長を退いた。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
写真はイメージです(写真/Shutterstock)

日本での暮らしぶりはどうなのか。

王氏は、日本にいることをあまり知られたくないからだろうか、抖音(中国版TikTok)で発信する際はどこにいるか、普段はわからないようにしているが、2023年1月に「低炭素でおでかけ」と題して東京で日比谷線に乗っている模様を珍しく投稿した。

日比谷線(PhotoACより)
日比谷線(PhotoACより)
すべての画像を見る

2人のスター経営者からは共通点が浮かび上がってくる。まず、政治的には、今の中国政府と一定の距離を保っているように見える。

そして、改革開放後に頭角を現し、中国経済の黄金時代を謳歌し、すでにひと財産築いている。さらに日本企業と関係があった、もしくは日本人経営者の哲学に共鳴している。また、クリティカルシンキングができ、中国でも尊敬すべき経営者として一目置かれている。

文/舛友雄大 サムネイル/Shutterstock

『潤日(ルンリィー): 日本へ大脱出する中国人富裕層を追う』(東洋経済新報社)
舛友 雄大 (著)
『潤日(ルンリィー): 日本へ大脱出する中国人富裕層を追う』(東洋経済新報社)
2025/1/22
1,980円(税込)
336ページ
ISBN: 978-4492224243

日本に押し寄せる中国“新移民”とは何者なのか?

●中学受験で躍進する中国人富裕層の子どもたち!
●湾岸タワマンをキャッシュで爆買い!
●現金を日本に持ち込む地下銀行ルートの実態!
●銀座のど真ん中を一望できる会員制クラブ!
●北海道ニセコ町を開発する香港系投資家の勝算!

「潤」は、最近中国で流行っている言葉で、さまざまな理由からより良い暮らしを求めて中国を脱出する人々を指す。もともと「儲ける」という意味だが、中国語のローマ字表記であるピンインでRunと書くことから、英語の「run(逃げる)」とダブルミーニングになっている。「潤日」コミュニティ――、多くの日本人が知らぬ間に、中国や日本、そして世界の変化に応じる形で急速に存在感を増しつつある。
この全く新しいタイプの中国人移民たちをつぶさに訪ねて耳を傾けると、その新規性や奥深さを痛切に感じるとともに、日本の政治、経済、社会に見逃せないほどの大きなインパクトをもたらしつつある現状が見えてきた。

amazon