異色の移住日記

これまで、ノンフィクションやカントリー・ライフを扱った本に親しんできた人は、冒頭に収められた豊富なカラー写真に興奮し――山菜入りの熊汁のなんと美味そうなこと――その勢いのまま読み始め、ほどなく戸惑うだろう。

フキンドアザミ(サワアザミ)入りの熊汁。春の味だ
フキンドアザミ(サワアザミ)入りの熊汁。春の味だ
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スズキジュンコの名で現代アート作家として活動していた著者が、大滝ジュンコとして上梓した『現代アートを続けていたら、いつのまにかマタギの嫁になっていた――マタギ村・山熊田の四季』(山と渓谷社)である。まるで〈トコロ〉のような叙述のスタイルが困惑を呼ぶのだ【1】。

〈秋にお目見えする「トコロ」という蔓性多年草。黄土色の根茎に無精ヒゲのような細い根がチロチロ生えており、一見すると肌荒れした生姜かウコンだ。ビジュアルがすでにまずそうだ。それが大量に茹でられ、ザルに上げられたままドカンと婆がたの輪の中央に置かれる(…)芋的な何かを想像してかじると、喉が力んだ。すごく苦いのだ。これがうまいのか? みんな、味覚どうかしてないか(…)意地でも良いところを探してやるぞと、もう一口かじる。やっぱり苦い(…)皆が絶賛している理由が全くわからない…とため息が鼻から抜けた途端、驚いた。さつま芋のような甘い香りがする。すると、苦味の奥に甘みが現れた。困惑の後に思ってしまった。あれ? 美味しいかもしれない〉【1】

彼女は現在、新潟県の村上市にある集落、山熊田(やまくまだ)に暮らしている。朝日連峰の山間部に位置し、隣の集落までは約8キロ。スーパーまで、車で30分。37人の住民のうち半数以上が65歳を越えている。
彼女が移住するにいたるきっかけは、〈山川〉なる友人から〈マタギと飲み会しようぜ〉と誘われたからで、その〈山川〉は〈ルポライター〉なのだという。評者はこの時点で引っ掛かってしまった【1】。

この〈山川〉は、『カルピスを作った男』や『国境を越えたスクラム』といった著作を持つ、プロの書き手の山川徹だ。そして大滝と山川は、2018年に刊行された写真集『山熊田』(亀山亮/夕書房)に、ともに原稿を寄せている。にもかかわらず、なぜ〈山川〉をフルネームで書かないのか? 本書はまさに〈トコロ〉である。読み始めると、舌足らずが気になって仕方ない。