何が、教師たちを壊しているのか

公立学校の教師たちが苦境に喘いでいる。近年、新聞やウェブがしきりに報じる話題だ。帯の売り文句に、悲惨なフレーズを並べた朝日新聞取材班『何が教師を壊すのか』も教育の現場の潮流に掉さす一書を目指したのだろう。

〈「過去最低の倍率」を毎年更新する採用試験、極端な長時間労働を可能にした「給特法」の実態、歯止めがなくなった保護者の過度な要求、管理職から指示される妊娠時期〉【1】

過去最低の倍率が毎年更新されているのは原因ではなく結果なので、〈教師を壊す〉のはそれ以外の3つが理由ということになる。長時間労働の実態については力の入った取材がおこなわれているが、モンスターペアレンツやジェンダー関連は薄味だ。読ませるのは、第2章〈「定額働かせ放題」の制度と実態〉と、第3章〈変わらない部活指導〉である【2】。

次々に辞めていく公立学校の教師たち…本当に「残業代なし」が離職の原因なのか?【〈ノンフィクション新刊〉よろず帳】_1
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給特法と業務委託契約 

「定額働かせ放題」とは、教師の給与を規定する法律〈公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法/給特法〉を指している【2】。本書は、その仕組みを〈基本給に教職調整額4%を上乗せする代わりに、残業代が出ない〉ので〈いくら残業しても給与額が変わらない〉と説明しているが、この悪質な仕組みの原理は、公立学校の教師に特有のものでもない。
本コラムの第4回で言及した通り、フリーランスが企業と締結する業務委託契約の多くがよく似た性質を帯びているからである。労働法の専門家である橋本洋子(学習院大学・法学部教授)はかく言う。

〈フリーランスやギグワーカーと発注者との間の契約は、労働契約(雇用契約ともいう)ではなく、業務委託契約等の名称になっている(…)しかし、働き方の実態が、雇用契約で働く者(「労働者」)と異ならない場合が少なくない(…)実態が労働者と異ならないにもかかわらず、契約上、自営業者と扱われているために、労働者を保護するための規制が適用されないことは不当ではないかが問題となる。

これが許されるならば、発注者側から見れば、労働法による保護というコストのかからない自営業者を活用しようというインセンティブが働くことになる。労働法によるコストとは、例えば、最低賃金の支払いや残業規制、さらに労災補償や解雇からの保護(…)労働者を雇用すると、使用者は、これらのコストを負担しなければならないが、自営業者と取引するならば、これらのコストを負担する必要はない。そのため、これらの規制を免れるため、実態は労働者でありながら、自営業者として活用しようという動きが常に問題となるのである〉【3】

教師たちの労働条件問題を掘り下げた『聖職と労働のあいだ』(岩波書店)の著者である埼玉大学・教育学部准教授の高橋哲は「文科省内の議論では、金がないから給特法を維持せざるを得ない、という開き直りがおこなわれた」と、端的に説明している【4】。

企業も国家も金がないのではなく、払おうとしていないのが実態だろう。つい先日、文科省の特別部会が教職調整額を4%から10%に上げることを含む素案を公表したが、労働条件の改善案として不十分だと感じる教師は少なくないはずだ。