記憶や感覚を脳に“書き込む”時代へ
本作のような状態になる前に、脳の処理容量が限界を迎えそうですが、最近では脳に直接電子回路を取り付ける技術の開発も進められています。機械を脳に埋め込むことで処理能力がブーストされれば、生身の脳の容量を超える情報量も難なく処理できるようになるはずです。
さて『映画を倍速で観る若者たち』ではスマホやPCのディスプレイで映画コンテンツを観るスタイルがとりあげられ、『あなたにおすすめの』ではARレンズや腕などへ埋め込むチップでコンテンツ鑑賞(消費、体験)が描かれていました。
現実の現代の技術では、すでに頭蓋骨に穴を開けて電極をさしこんで、コンピューターと通信することが可能になっており、将来的には情報を脳に外部から「書き込む」ことも構想されています。
脳科学の最先端とそのビジネスへの応用について紹介した『ニューロテクノロジー――最新脳科学が近未来のビジネスを生み出す』によれば、医療用として開発が進められているニューラリンク社の技術では、脳に障害を持ち、会話が難しい重度の患者の脳に電極をとりつけて、意思を読み取って他の人とコミュニケーションを可能にするべく研究が続けられています。
ニューラリンク社は、テスラ社やスペースX社で知られる大富豪で起業家のイーロン・マスク氏が率いる企業です。fMRI(磁気共鳴機能画像法)によってヒトの脳のリアルタイムの図像情報が得られるようになり、図像処理を得意とする人工知能の深層学習が活用されることで、瞬間瞬間の脳の状態が解明されつつあります。
いま紹介した事例は「読み取り」の技術ですが、通信は双方向のものなので、当然外部から記憶や感覚を「書き込み」することも理論的には可能です。つまり将来的には「倍速視聴」どころではなく、脳の限界まで圧縮された密度で「コンテンツ」が流し込まれ、それを体験し消費することが可能になるかもしれないのです。
音楽や映画は「時間芸術」と言われ、その上演されている時間は身体や集中力が拘束されるのは当然だと考えられてきました。しかし、時間は主観的には脳内で経験されるものです。
2時間の映画を倍速で観るのに必要な時間は1時間ですが、電極をとおして音楽や映画の体験を流し込むだけであれば、「鑑賞」や「体験」に必要な時間はもっとずっと短縮できるかもしれません。
そんな時代がやってきたら、レコードやカセットテープ、レーザーディスクが過去のものになったように、パソコンやスマホのモニターや、スピーカーも過去のものになるのでしょう。そしてきっと、倍速視聴で育った先行世代のひとびとはこう言うのです。
「『書き込み』はけしからん! コンテンツは『倍速』で観るものだ!」と。