目、耳、鼻から複数コンテンツを受容

そのような倍速再生とニューメディア嫌悪の双方について、それぞれもっと露悪的に過激にした世界を描くのが芥川賞作家、本谷有希子の小説集『あなたにオススメの』に収録されている中編、「推し子のデフォルト」です。

近未来を舞台に、通信用のチップを身体のあちこちに埋め込んで、さまざまな「コンテンツ」に耽溺する主人公「推子」の子育てと、ママ友「GJ」との交流を描く本作。

「おおきくなったらAIになる」と口を揃える幼児たちと、そのような世の中に疑問を禁じ得ない主人公のママ友。個性がそれなりに重んじられている現代からの反動なのか、洗脳のように子供たちが「等質」になるべく教育されるディストピア小説でもあります。

「倍速視聴」の加速で、映画や音楽を脳に“書き込む”時代がやってくる?
『あなたにオススメの』本谷有希子 講談社 1870円(税込)

主人公は両耳で別々の音声コンテンツを倍速再生し、ARレンズでさらに映像コンテンツを消費しています。一方、主人公のママ友は、我が子の個性を伸ばすどころか、抑圧することを求めてくる社会の風潮に抗いながらコンテンツ漬けになることも忌避しています。

もっとも、あらゆる配信サービスを貪欲に摂取している主人公にとって、必死で社会に抗おうとするママ友の姿は、あくまでも「コンテンツ」でしかありません。

主人公は、ママ友のことを生身のコンテンツとみなし、仲良くしているのです。子どもたちの個性を抑圧しつつ、友人の個性を消費する、冷酷でうすら寒い人間関係がここにはあります。

本作の著者は、明らかにこのような主人公の姿をグロテスクなものとして描いており、それは少し引いてみると来るべきニューメディア(埋め込み型デバイスでの超倍速鑑賞)に対する、先取りの嫌悪表明とも言えるでしょう。

この作品で興味深いのは、「コンテンツ」を栄養サプリ(機能性食品)のような「機能性創作物」として描いていることです。『映画を早送りで見る若者たち』で取材された若者たちも、メッセンジャーアプリなどで仲間たちとのやりとりから脱落しないために「コンテンツ」を受容しており、それはやはり「機能性」が重視されているのです。

なお、ネットフリックスが登場するよりも前から、映画の本数は年を追うごとに増加し蓄積されてきました。この世に存在しているすべての映画を鑑賞するためには、これから百年以上、一睡もせず倍速で再生し続けてもおそらく足りないでしょう。

「推し子のデフォルト」の主人公は常時、複数の感覚器(目、耳、鼻)で平行して複数のコンテンツを浴びています。想像しただけで読んでいるこちらが疲弊するようなおぞましい状態ですが、より強い刺激を得るためには有効な方法なのかもしれません。