心の支えになった本
柳下 さて、つまずいたときに心の支えになった本の紹介をひとりずつしていきましょうか。まず僕から。伊丹十三さんが訳したサローヤンの『パパ・ユーア クレイジー』。売れない小説家の父が、自分についての小説を書けと10歳の息子に言い、父がそのためのアドバイスをするという風変わりな小説なんですけれど、不思議なほど支えられました。ファンさんはいかがですか。
ファン 私にとっての「人生の師」と呼べる一冊があるんですが、『Living The Good Life: How to Live Sanely and Simply in a Troubled World』(未邦訳。ヘレン・ニアリング、スコット・ニアリングの共著)という本を紹介したいと思います。ふたりは作家で、あるとき人生につまずいてしまうんですね。経歴も途絶えてしまい、社会からは排除され、経済活動もできなくなってしまう。そんな時に、彼らはアメリカ・バーモント州の森の中に入り、自給自足の生活をしながら暮らしたという20年間を綴ったエッセイです。「このように生きなさい」というわけではありません。対案として「こんな風に生きていく術(すべ)もあるんだ」と気づかされます。
山崎 一例として『もものかんづめ』を上げますけれど、さくらももこ先生の本はどれも支えになってくれると思います。生きていれば踏んだり蹴ったりなことがあるし、なんで自分ばかり……と思ってしまうようなこともたまに起きるじゃないですか。受け止める時に苦しいことも楽しいことも納得できないこととかも全部さくら先生ならきっと面白く書いてくださるだろうなと思うんです。私は、さくら先生になったつもりで、どんな会話を拾って、どんなふうに組み立てたら面白くなるだろうと想像しています。そのマインドでいると、くじけずにいられるかなと。
柳下 本から得られるものって多いですよね。ファンさんの本もまた誰かの励みになったり癒しになっているのではないでしょうか。
ファン 作家としてはこのように自分の本が目の前に置かれて、海外の読者の方たちとお会いして、温かい雰囲気の中でお話ししたり共感していただいたりというのはこの上なく幸せだと、そんな思いを強く持っています。
『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』には、書店店主とお店に集う人たちの本とともにある“ささやかな毎日”が描かれます。彼女たちの思いやりや互いを尊重し合う距離感が心地よく、お守りにしたくなるようなフレーズもたくさん詰まっている一冊。この寒い時期にコーヒーを片手にぜひご一読ください。
取材・文/三浦天紗子 撮影/五十嵐和博
『ようこそ、ヒュナム洞書店へ』特設サイト
https://lp.shueisha.co.jp/hyunam-dou/