本屋さんでのひとときを大切にする
柳下 本の中で重要な役割を果たす「書店」についてちょっとフォーカスして、本屋に対する思いを聞いていきたいと思います。おふたりはお気に入りの書店などありますか。
ファン 本屋さんに行くのは習慣のようなものです。最近韓国の本屋さんたちはみんなインスタなどを通じて、本当に情熱的に本屋さんのことを熱くPRしているので、その中からひとつ選ぶのはすごく難しいのですが、印象的だったのは、ご夫婦ふたりで運営されていた小さな本屋さんですね。夫婦がこの上なく相思相愛なのが伝わってきて、本の紹介をする言葉もステキで、そこで出してくださるコーヒーもすごくおいしかったんです。
山崎 私もどこかひとつと言われると悩みます。ただ、仕事でよく六本木のテレビ局に行くので、収録の待ち時間などがあると六本木ヒルズの蔦屋書店に行きますね。1階がカフェになっていて、選んだ本を珈琲を飲みながら読めて、買ってもいいし、返してもいい。ほかに、キャンドルやお香などの雑貨も売っていて「この作品読むときにこの香りは相性がよさそう」とか、一緒に買って帰ったりします。そういうコンセプト書店は、読書をするときの楽しみ方を広げてくれるので好きですね。かもめブックスにも、何度も行っています。
柳下 ありがとうございます。うれしいです。ところで、今回の本のテーマのひとつが「立ち止まって休む」ということですよね。ヒュナムの「ヒュ」を漢字にすると「休」という字が入るのだそうです。おふたりにそれぞれ、「このままでいいだろうか」とか不安になったときに何をされていたか、どう脱出したのでしょうか。
ファン 人生でいちばん不安だったのは、会社を辞め、7年間ずっと部屋にこもって文章ばかり書いていた30代のときだったと思います。もちろん、好きな文章が書けるというのはとても幸せなことではあったのですが、なかなか思うようにはうまくいかなくて、「続けていて大丈夫なんだろうか」と絶えず自問自答していた気がします。
山崎 会社を辞めて専業作家を目指すというのは、勇気がいることですよね。それでも決意できたのはなぜですか。
ファン 私はヨンジュと同じように大企業に勤めている時は、燃えつき症候群にもなりましたし、本当に会社人間のように過ごしていました。両親の家で暮らしていたので、お給料はひたすら貯めていくことができました。ただ、お金を稼いでいたこと以外、私はすべてを失ってしまったという感覚でした。「これまで稼ぐことはやってきたから、そうじゃない方向に一度向かっていこう」という気持ちになれたのは、勇気というよりもすごく自然なことだったのです。私は大学の専攻が工学部でしたので、周囲に物を書くような人たちはいなくて、もの書きの暮らしがどんなものなのかという情報も一切ありませんでした。知らなかったからこそ逆に飛び込んでいけたのかもしれません(笑)。
山崎 柔軟ですね。すごくフットワークが軽い。
ファン 私が7年間堪えられた理由のひとつは、読書のおかげで、自分の人生を深刻に捉えすぎずに済んだからかもしれません。読書のいいところは、実際の己の人生だけでなく、本の中に登場する人物たちの人生に自分を置き換えて考えたりできることです。そうすると、自分の人生に対して客観的になれて、興味深い他人事のように見ていられます。
山崎 いい話。
柳下 山崎さんもお忙しいですよね。休めていますか。
山崎 何カ月も連続で働いていて、朝ちょっと早く起きて自分の時間を作るとか、好きなものを欠かさず食べるとか、いまはそういうことをして自分で自分の機嫌を取っていくしかない時期もありましたが、その時期を脱したかなと思います。ただ、自分が得てきた負の感情やしんどかった経験は「無駄にしてたまるか、いつか執筆やラジオのトークのネタにしてお金に変えてやる」と考えています(笑)。
ファン お話をうかがっていて、山崎さんは本当に芯が強い方だなと思いました。もともとの資質なのか、鍛えられたからなのかはわかりませんが、いずれにしても、そういう強固な精神を持てたのだから、これからはもっとスムーズに人生を生きられる気がします。