物語にそって供される新鮮な味覚の体験
次はモロヘイヤのスープ。主人公の「ぼく」が不時着したのがサハラ砂漠なので、エジプト原産のモロヘイヤを使ったものというわけ。コリアンダーシードとドライミント、トマトオイルで仕上げてある。
それなりにいろいろ食べてきたはずだが、どの皿も初めて経験する味覚。エスニックなどという範疇に収まらない味わいだ。しかし、その新鮮な味わいの先には食材本来の味があって、それはやはり自分の見知ったものだったりする。彼女の料理には「塩」を感じることがほとんどない。なんというか、味覚に揺さぶりをかけられている気分。
次の皿からは、王子が旅先の惑星で出会った風変わりの人たちのキャラクターが料理で表現される。
二番目の星の住人は「自惚れ屋」。小冊子には、こうある。
――「ああ! 私を称えるものがやってきたな!」と、王子さまを見かけると遠くから大声で言った。うぬぼれ屋にとって、自分以外はみんな自分を称賛する存在なのだ。
めぐみさんはこの挿話を、ナルシスの語源となったギリシア神話のナルキッソスに紐付けた。自分が映る水面に見惚れ、やがては水仙になってしまった人物である。口にすると猛毒の水仙はヒガンバナ科の植物。そのヒガンバナ科の食べられる食材を集めてムースにした。玉ねぎ、長ネギ、にんにく。添えられたのは、アマゾンカカオ、カカオビネガー、ほぐした蟹、葱オイル。
次の惑星の住人は「飲み助」。酒浸りの男は何かを忘れるために酒を飲み続けている。王子さまが、何を忘れるためかと問うと、恥じているのを忘れるため、と答え、何を恥じているのかと問うと、酒を飲んでいることと答える。この挿話から作られたのは、紹興酒に漬けた白身魚と生の帆立と酸味の強い林檎。ペアリングで供されたワインは、クリスチャンビネールの「si rose」。フランス語で肝硬変を意味する「cirrhose」とかけた駄洒落にもなっている。