膨らむスフレを眺め、待つ時間って贅沢なものだと思う
鎌倉は御成通りの「レガレヴ」に行ったら、可能な限りカウンターの一番左、オーブンの前の席に座る。私にとってここは特等席。オーブンではしょっちゅうスフレが焼かれるのだ。最初は器しか見えなかったのに、あれよあれよと種が膨らんで香ばしい色になっていくのを眺めるのが好きだ。スフレの種と一緒にこちらのわくわくする気持ちも膨らんでいく。
9分の間(時々この様子を動画で撮ったりはするけれど)スマホなんかはあまり手に取らず、ただスフレがスフレになっていくのを見つめている。待つ時間って贅沢なものだとここに座る度に思う。なんでもスピーディが良しをされる世の中だからこそ、そんなふうに感じる。
レガレヴはアシェットデセールとフランス菓子の店。「アシェット」とは皿で、アシェットデセールとは作り置きではなく注文してから作られ、皿で楽しむデザートのことである。
スフレはシェフ・パティシエの佐藤亮太郎さんの代名詞といっていいかもしれない。
パリに1766年創業の「ラペルーズ」というレストランがある。その店のスフレは歴史的なメニューとしてラルース料理百科事典に掲載されるほどだったが、すっかり途絶えていた。このレストランのシェフ・パティシエとなった佐藤さんが復活させ、見事に人気メニューに返り咲いたのだった。
ちなみにウッディ・アレンの『ミッド・ナイト・イン・パリ』の最後の方の場面に出てくるのがここのレストラン。私の好きな映画を5本といわれたら、必ず入れる作品だ。小説家志望の青年が旅先のパリでふとしたことから1920年代のパリにタイムスリップする物語。たどり着いた先でスコット・フィッツジラルドとその妻ゼルダ、ジャン・コクトーにヘミングウェイ、サルバドール・ダリ、ガードルード・スタインなどなどそれはもうきらびやかな人たちと知り合う。
この映画を見て、人は誰でも過去に憧れる、過去はいつだってロマンティックに見えるもの、そんなことを思ったのだけれど、過去を過去だけにしてしまわずに現代に甦らせたのが佐藤さんのスフレなのだろう。