イケメンより、
情報量の多いおじさんの顔が好き
姫野 もんでんさん、おやじが好きなんだな、というのが回を重ねるごとにわかってきました。もともと漫画を読んで、おやじが上手だなとは思っていたんですけど、女性漫画家では珍しいですよね。イケメンが上手な方は多いですが、おやじを描ける女性漫画家って少ないと思います。
もんでん さきほど挙げていただいた『雪人』はおやじ天国なので、描いていて楽しかったです。私は情報量が多い顔が好きなんです。イケメンって線が少ないんですよ。だから情報量が少なくて、その人っぽさが描けないのがつまらないんですね。対しておじさんは、シワとか輪郭のたるみとか、これはおじさんに限りませんが目の表情とか、顔の左右のバランスが整っていないとか、あと、人は髪の生え際にもけっこう個性が出たりして、見どころが多いんです。
―― 13章〈世界で一番美しい少年〉では、『ベニスに死す』の美少年タジオ役でスターになったビョルン・アンドレセンを描かれていますが、もんでんさん、60代になったアンドレセンに〈こっちのイケオジ推し‼〉と書かれていましたね。
もんでん そうそう(笑)。
姫野 私もアンドレセン、60代になった今もすてきだと思います。歳をとって無残、みたいなことをネットに書かれているのが不思議。彼を追ったドキュメンタリー映画『世界で一番美しい少年』を見ると、今の世の中に適応できないまま、タジオ少年のまま暮らしているんですよ。それも全然がっかりしなかった。ポエティックな老人でした。
もんでん はい。すごくすてきです。60代のアンドレセンのように、私がうまく描けたなと思うのは、性別問わず、情報量が多いタイプの人なんです。たとえば飯田蝶子さんの顔はすごく好きなんですが、草刈正雄とか、阿部ちゃん(阿部寛)とか、イケメンの方は、ちょっと難しいんですよ。整っている人って、誰が描いても整っている顔になっちゃうので。
姫野 わかります。ただ、美人・イケメンと言われる人と、顔の整った「整人」は、やっぱり違うんですよ。もんでんさんがいちばん似顔絵を描きにくいのは、楠田枝里子と森口博子だと思います。
もんでん 二人が整人?
姫野 はい。森口博子は、キャラは三枚目なんですけど、顔は整っています。それから宮本信子も、左右対称の整った顔です。楠田枝里子は整人代表のようなすごく整った顔なんですが、同意してくれた男性は一人もいません。男の人って、色気のある人を美人って言うんですよ。黒木華とか蒼井優とか。
もんでん ああ、わかります。楠田枝里子は顔の印象より、帽子や髪型の印象のほうが強いんですよね。この本の中で姫野さんが、人はあまり「顔」を見ていないとしきりに書かれていて、なるほどと思いながら毎回絵を描いていました。気づかされることが多かったです。
姫野 男の人は特に顔を見ないですよね。
もんでん 黒髪ロング=美人、笑顔=美人も根強いとも書かれています。
姫野 そうなんです。浅野温子と、東京ボンバーズの人(佐々木ヨーコ)と、重信房子、最近だと三浦瑠麗さんの区別がつかない男性はけっこういると思います。そういう人にとっての美人って簡単なんですよ。黒髪ロングに白いブラウスを着て、膝下くらいの紺のスカートをはく。ファンデーションを濃く塗って、口紅はすごーく薄く塗る。そうすればナチュラルメイクの美人になるんです。ぜんぜん顔を見ていないから。
理想の“外見人生”とは?
姫野 ちょっと顔から話が逸れますが……もんでんさんは漫画家なので、体や骨格の動きもよく見ていると思うんです。でも、人ってけっこう見ていなくて。小島よしおの〈そんなの関係ねぇ〉っていうギャグが以前、流行りましたよね。あの動き、子どもがよく真似していたんですが、だいたい間違ってるんですよ。膝から下だけを上下させてる人が多いんですが、小島よしおは、太もも(大腿四頭筋)を持ち上げて足全体を前後に動かしているんです。あれを片脚立ちでやるのって、かなりの運動量なんです。ちょっとやってみますね。
(姫野さん実演。)
もんでん !! たしかにけっこうな運動量ですね……。よくわかりました。
姫野 今日はこれをやるために、編集者に紐を用意してもらいました。パンツの裾がひらひらすると、わかってもらいにくいと思って。
―― ありがとうございます。こちらも顔からちょっと離れますが、姫野さん、「声」が人の印象に大きな影響を与えるとも書かれています。〈声は見えない顔〉だと。
姫野 あの回は、もんでんさんに申し訳なかったです。描きにくかったですか?
もんでん いえ、森雅之が出てきたので。
姫野 よかった。きっともんでんさん、森雅之好きだわと思ったんです。
もんでん いい感じの渋さでした。
姫野 いい感じの疲れ感。やる気のなさ感があるんですよ。それなのに声が、えーって。
もんでん YouTubeで見て、外見とミスマッチなのはわかりました。
姫野 皆さん、知らず知らずのうちに、声には影響を受けていると思います。
もんでん 第一線で活躍されている人って、声に個性がありますよね。いい声だなと思う方が多いです。
―― 本には、松坂慶子、江守徹や細川俊之、姜尚中さんらの名前が出てきます。
姫野 姜尚中さんは、マダムキラーの声ですね。
もんでん ムード声ですね。すてきですが、ちょっとバイタリティが足りないかなとも思いますね。
姫野 いつも二の線の雰囲気なので、私にはちょっと。田宮二郎が演るような、「いいでっしゃろ?」の感じに、もぞもぞするんです。田宮二郎は三の線をよくするんです。それも見事にするんです。
もんでん そうですよね。私は「犬シリーズ」を知らなかったんです。姫野さんの原稿で知って、角川チャンネル(Amazonプライム「シネマコレクション by KADOKAWA」)で初めて見たら、こんなに明るくてはっちゃけている人だったのかと驚いて。関西弁なんだとも。二の線しか知らなかったので新鮮でした。すごくカッコいいですよね。
姫野 うん。でも、顔は整ってないんです。阪妻のほうが整っていると思います。
―― この本には姫野さんが好きな顔の女性も出てきます。ジェニファー・ティリーや京マチ子。
姫野 好きな人はいろいろいるんです。ジェニファー・ティリーはあまり日本で有名じゃないので、この連載で知ってもらいたいと取り上げました。
もんでん 私も存じませんでした。画像検索したら、何か、ばーんという感じの方。それこそバイタリティがありそうで。
姫野 検索すると、おばちゃん然とした、最近の写真ばかりが出てくるんですが。
もんでん そうですね。でも若い頃の写真も見ました。ネットって、その人の歴史が見られるのが面白いです。
姫野 この二人は派手な顔ですが、そうでない人だと、吉川満子とか好きです。
私の理想は、『アリスの恋』の頃のジョディ・フォスター(単行本には画像掲載)のような顔をしていた子が、やがて歳をとって、栗原はるみさんのような顔になる。それが理想の外見人生なんです。そういう顔をしている自分だと思い込んで、この原稿を書いていました。自分の顔がイヤでイヤで、押しつぶされそうになるんですよ。そうすると書けないので、自分に言い聞かせて。
もんでん 私もコンプレックスの塊なので、絵に理想を込めて描いたりしていますね。