映画を観ているだけなら幸せだったのに
『幻の湖』に続く東宝五十周年記念作品として、その翌月に、橋本忍さんの脚本で『日本沈没』(1973)『八甲田山』(1977)を大ヒットさせ、高倉健さんを代表とする“男”の生き様をストイックな描写の積み重ねで描き、日本映画の大作を一手に担った森谷司郎監督の超大作『海峡』(1982)が公開されました。
本州と北海道をつなぐ青函トンネルを実現するために日本中からトンネル堀りの職人たちが集結、北海道と青森からそれぞれが海底にトンネルを掘り始めます。数々の苦難を乗り越えて先進坑(径の大きな本坑を掘る前に先行して掘削するパイロットトンネル)が開通するまでを、豪華キャストの顔面力で見せ切る超大作に相応しい内容で、これはもう期待した通りの大スケールの、漢による漢たちのためのドラマだったので大満足でしたが、森谷監督はそのわずか2年後に病に倒れ、53歳の若さでこの世を去ってしまいます。
これを自我の芽生えと言い切って良いのかわかりませんが、観ることだけでは飽き足らず、どうしてこうなったのか?から、どうしてこうしないのか?になり、それがみるみるうちに自分だったらこうする、に膨らんでいくのです。今だから客観的にわかることですが、無意識下で自分のほうがうまく映画が作れるのではないかという慢心から映画を作りたいという気持ちが芽吹いているではありませんか。なぜあの時この芽を摘み取っておかなかったのか?
身の程を知り、映画の公開だけを楽しみにして思ったり感じたりすることをSNSで発信し、同じ趣味を持つ仲間と繋がり、映画を語る——そんな幸福な映画生活をドブに捨てて、修羅の道、地獄巡りを選ぶ過ちを冒し始めているなんてこの頃はまったく気づいていない私だったのです。
文/樋口真嗣
『海峡』(1982)上映時間・2時間22分/日本
監督・共同脚本:森谷司郎
出演:高倉健、吉永小百合、三浦友和、大谷直子、伊佐山ひろ子、笠智衆、森繁久弥 他「海峡 <東宝DVD名作セレクション>」DVD発売中 2,750円(税抜価格2,500円) 発売・販売元:東宝
鉄道技師の阿久津(高倉健)を中心に、青函トンネル開通に命を賭けた昭和の男たち、彼らをめぐる女たちの30年にもわたる努力を描いた大作。同名の小説(岩川隆・著)を元に、名匠・森谷司郎監督が脚本化、時代を代表する俳優陣が集結した。