守護聖人の夢


「えーっと、これは聞きにくいんだけどさ……」
撮影の最後、ぼくは俯きながらノルマさんに聞いた。彼女は笑いながら、こっちを見ている。どんな質問が来るんだろうか、と。

「あなたの、夢はなんですか?」
「……」

ほら、やっぱり。こんな質問するんじゃなかった。少し後悔した。この質問で今日までの関係がこじれるんじゃないかとも思った。

「あなたの、夢はなんですか?」日本では定番のこの質問が、時としてラテンアメリカの人々に通じない理由_4
撮影/嘉山正太
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ノルマさんは、じっと黙って空中を見つめていた。そして、ボソッとつぶやいた。
「ここをやめること、かな」
「え?」
一瞬、彼女がなにを言っているのかわからなかった。
「ここをやめることが、夢? アメリカに行く、困っている人を助けているここを、やめる……」
「……困っている人がいなくなって、ここをやめる。それが夢、だね」

やめるために続けている。そんな夢があるのか。
「夢」の意味がわかっていなかったのはぼくだった。彼女たちには、彼女たちの夢がある。ぼくの物差しでは測りきれない夢のカタチがある。

ぼくは未だに思い出す。あのジャングルの熱気を、移民たちの歓喜の叫びを、耳をつんざく列車の咆哮を、そして、列車が運ぶ彼女たちの夢を。

文/嘉山正太  写真/shutterstock



今回のエピソードを基に嘉山正太が脚本を執筆した、衝撃のオーディオドラマ『移民と野獣』(制作:SPINEAR)が、現在各種サービスで配信中です。ぜひご聴取ください。
https://www.spinear.com/shows/iminto-yaju/

マジカル・ラテンアメリカ・ツアー
妖精とワニと、移民にギャング
嘉山 正太
「あなたの、夢はなんですか?」日本では定番のこの質問が、時としてラテンアメリカの人々に通じない理由_5
2022年9月26日発売
2,090円(税込)
四六判/276ページ
ISBN:978-4-7976-7417-0
移民問題の取材のためメキシコのベラクルスを訪れた、ネットメディア『ライトハウスポスト』記者・蛇ノ目悟(演:新祐樹)。移民支援施設で知り合った元ギャングの男・カルロス(演:江頭宏哉)の壮絶な過去を知った蛇ノ目は、謎に包まれたメキシコの真実を報道すべく、移民たちと共に「野獣列車」に乗り込む。アメリカを目指す危険な旅路の果てに、彼らを待ち受けている運命とは……。
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