和食店「辰宗」

銀行の外でもよくビジネス・ランチをした。変わったところでは、バンク・オブ・イングランドの真裏のロスベリー通り七番地に、「オーバーシーズ・バンカーズ・クラブ」というのがあった。一八六六年建築のベネチアン・ゴシック様式の灰色の石造りのビルのなかにある、外国人バンカー専用のクラブだ。

談話室のほかに、天井が高く、明るいレストランがあった。各テーブルは、背もたれが異様に高くて大きい、列車の四人掛けのような席で、秘密が漏れないようにとの配慮らしかった。ウェイトレスたちは、ほとんどが高齢の英国人女性で、頭にレースのホワイトブリムを着け、地味な黒のベストに黒のスカート姿。料理は品のよい英国料理である。クラブの正会員は各行の支店長だが、支店長名で予約すれば、誰でも使うことができたので、取引先とのランチだけでなく、友人との会食にも使っていた。

和食店では、「辰宗」という店をよく使った。シティの北東寄りのリバプール・ストリート駅のそばに、「ブロードゲート」という、新しく開発された場所があり、冬になるとスケートリンクになる丸い広場を中心に、近代的なオフィスビルが建ち並び、リーマン・ブラザーズやUBS(スイス)などが入居していた。

「辰宗」はその一角にあり、地上階(日本でいう一階)が鉄板焼きの店、地下が和食と寿司の店だった。鉄板焼きカウンターは「紅花」や「瀬里奈」のように、料理人が目の前でロブスターや牛肉などを焼き、炒飯で〆る。値段は結構高いが、外国人にウケるので、便利だった。

国際金融市場でしのぎを削るバンカーたちは、商談を兼ねたランチミーティングで何を食べているのか?_4
写真はイメージです

ロブスターは生きているものを目の前で包丁で叩き切り、まだ身もだえしているのを鉄板の上で焼く。サリーがそれを初めてみたとき、「ミスター金山、ディス・イズ・ディスガスティング(嫌悪感をもよおさせる)」と顔をしかめた。しかし、美味しかったらしく、ぺろりと完食したので、「ディスガスティングじゃなかったのかよ?」と突っ込みを入れたくなった。

サウジアラビア航空の案件が終わってしばらくしてから、シティバンク東京のエリック・ポステルが同僚のエジプト系米国人ムラード・メガッリと一緒にロンドンにやってきたときも、ここでランチをご馳走した。ムラードとは長い付き合いになった。