海外における「日本のエンペラー」の重み
わたしが働いていた邦銀のロンドン支店にも二部屋くらいダイニング・ルームがあり、専属の女性給仕人が二人くらいいた。黒の制服に白いエプロンをした、どこにでもいる英国の普通のおばさんたちだ。
ある日、来客を招いてのランチの前に、席の配置などを確かめるため、開け放たれたドアから部屋に入り、何気なく下をみると、銀色の灰皿がドアと床の間に斜めになって引っかかっていた。ドアストッパーがないので、おばさんが灰皿で代用したらしかった。日本の居酒屋にでもあるような、アルミかなにかの安っぽい灰皿だったが、底の部分が、菊の御紋に似たデザインだった。わたしは悪戯心を起こし、灰皿を指さし、「ディス・イズ・ジャパニーズ・エンペラーズ・シンボル!」といった。
給仕人のおばさんは、どきりとした顔になった。居合わせたわたしの同期で総務・企画係の阿部君も悪ノリして、「そうだ! これは天皇陛下のシンボルだ!」といったので、おばさんは「いや、わたしは天皇陛下のシンボルということは知らなかった。わざとやったわけじゃない!」と狼狽し、慌てて灰皿を外した。わたしと阿部君は、内心クスクス笑いしたが、今思うと、ちょっと悪戯がすぎたかもしれない。
海外では、日本のエンペラーは、単なる王族と違って、相当な重みのある存在らしい。以前、ある作品の資料で、昭和二十四年初頭に、GHQ(連合国軍総司令部)民間情報教育局の大学制度改革のアドバイザーとして来日した、シンシナティ大学のレイモンド・ウォルターズ総長の日記を読んだことがあるが、天皇に拝謁する前に、なにを着ていったらいいだろうかとか、どういう態度で接したらいいだろうかとか、ものすごく心配している記述があり、戦勝国の人間が、ちっぽけな焼け野原の敗戦国のエンペラーに、これほど畏敬の念を持つのかと驚いたものだ。
二〇二二年九月のエリザベス女王の国葬でも、メディアの扱いは他国の王族より格上で、翌日のタブロイド紙「メトロ」では、米国のバイデン大統領夫妻に次ぐ大きさの、天皇・皇后両陛下の写真が掲載されていた。