葉巻から漂うブランデーのいい香り

当時、米系のマニュファクチャラーズ・ハノーバー・トラスト銀行(略称・マニハニ、現・JPモルガン・チェース)の邦銀向けセールス担当にチャールズ・ペルハムという、わたしとほぼ同い年の男がいた。ちょっと巻き毛の金髪に造作の大きい顔で、性格が明るく、英国人にしては珍しくあけっぴろげな感じだが、相手に対する礼を失しない品のよさも併せ持っていた。大学はブリストル大学(スペイン語・ポルトガル語専攻)で、カレッジ(中・高校)はイートン校を出ていた。

イートンは、ボリス・ジョンソン元首相、デービッド・キャメロン元首相、ウィリアム皇太子、ハリー王子、レオポルド三世(第四代ベルギー国王)、徳川家達(徳川家第十六代当主)など、国内外の貴族や上流階級の子弟が学ぶ名門で、ロンドンの西の郊外のウィンザー城の近くにある。

映画『炎のランナー』で、正午の鐘が鳴り終える前に周囲約200メートルの中庭を走る場面が撮影された場所でもある。現在の授業料は年間4万6296ポンド(約741万円)で、5年間でざっと3705万円かかる。したがって、チャールズも、お金持ちの家の出であることは間違いない。

バンク・オブ・イングランドの近くにあるマニハニのダイニング・ルームには、国際金融担当の日本人副支店長やサリーと一緒に何度か招かれた。先方はチャールズのほか、シンジケーション担当のマネージング・ディレクター(部長級)やトルコ担当のイタリア人などが出てきた。いつもチャールズが、ガッハッハと笑って座を盛り上げた。

国際金融市場でしのぎを削るバンカーたちは、商談を兼ねたランチミーティングで何を食べているのか?_2
写真はイメージです

あるとき、食後に、例によって立派な葉巻がケースに入って出てきた。チャールズら何人かが手を伸ばし、銀色のカッターで吸い口をカットし、美味そうにふかし始めた。室内には、ブランデーに似たいい香りが漂う。わたしはタバコも葉巻も吸わないが、常々、みんなが美味そうに吸うのをみていたので、一度試してみようと、「じゃあ僕も一本」と手を伸ばしかけた。

途端にチャールズが「カナヤマ、やめろ! がんになるぞ!」と血相を変えて止めた。その勢いに驚きつつ、「はあー、自分はいいのかよ?」と内心で苦笑した。今でもあのときのことを時々思い出すが、チャールズはどういう発想だったのだろうかと思う。