4連覇を達成した“絶対王者”の出場
「どんだけできるかやってみたかった。それは前からそうやった。目標とかタイム設定とか決めずにとことん突っ込んでやれって……。まあ、こればっかりは仕方がないです」
それからしばし、無言となった。やり場のない気持ち、悔しさが表情ににじみ出ていた。
土井の走力は折り紙付き。2022年4月のUTMFでは2位でゴール(約165キロを18時間45分45秒)。2022 年のTJAR本大会に出場を果たすとなれば、圧倒的なナンバーワン候補との呼び声が高かった。
大阪市在住、本職は消防士という土井がこのレースを目指すようになったきっかけは、2012 年にレースを取材した『NHKスペシャル』を見たことだった。
そのレースには、横綱級の主役がいた。
その名は、望月将悟。
NHKが最初に撮影を行なった 2012年大会では、2010年大会に続けて連覇を達成。その後も 2014年、2016年と優勝して4連覇を達成。2016年大会では、4日23時間52分の大会新記録をたたき出した。さらに 2018年には、山小屋ばかりか町中でも一切補給をせずに重さ約14キロの荷物をスタートから背負ってゴールを目指す「完全無補給」のミッションを自らに課して、達成した。いわば、TJARの“レジェンド”だ。
その望月は44歳。静岡市消防局に所属し、山岳救助隊の副隊長を務める。望月は2018 年大会での完走を果たして以降、TJARには出場しないものと目されていた。規格外の挑戦の結果、3年経っても体の調子が完全には戻りきっていなかった。
だが、 2022年初旬、筆者が静岡の山中を案内してもらっている最中のことだった。
「体がずっと重かったんですが、ようやく調子が戻ってきたんです。心臓にも不整脈が出て、『どうかなー』と半年以上様子を見てたんですが、それも復調してきたんですよ」
望月が愉快そうに語った。潮目が、動いた。これを契機にニューカマー・土井とレジェンド・望月の対決、そして初出場となる中高年ランナーたちの己との戦い、その二つのストーリーラインを主軸とする番組化が決まった。制作は2018年、 2021年の時と同様、映像制作会社・日経映像に委託することとした。