賞品・賞金のない応募資格が超ハードなレース

参加資格として、まず厳正な書類選考がある。フルマラソン3時間20分以内、あるいは100キロのマラソンを 10時間30分以内で駆け抜ける走力が求められる。標高2000メートル以上の山でのテント泊の経験なども問われる。書類選考の通過者には実際の実力を測る選考会への参加が課され、危機管理能力がシビアに試される。それを経て、8月に行なわれる本大会に出場できるのは30人。この数字は、ここ数度の大会では不変だ。

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選手たちはたったこれだけの装備で約415キロに挑む

ちなみに、このレースに賞品・賞金はない。最近はスポンサーもつくようになってきて、今大会では出場選手全員にスポンサーからのミニナイフやスタート地点である魚津市の酒造会社の銘酒(500ミリリットル)が配られるとのことだが、これは記念品。徹頭徹尾、ただ己のためだけの大会なのである。

ここでまずは、 2021年に行なわれた前回大会について簡単に振り返る。本来、大会は2年ごと、偶数年の開催であり、2020 年に実施される予定だった。だが、新型コロナウイルスによる感染症拡大の影響で、1年遅れて3年ぶりの 2021年8月に開催された。

しかし運が悪いことに、レース開始のタイミングに合わせるかのように台風 9号が日本アルプスへと迫ってきた。大会規約に「ヤマテン予報1日4回(6時間間隔)発表のうち、平均風速 25m/s 以上が2回以上(12時間継続)想定される場合」主催者の判断で大会を中止とする、とある(「ヤマテン」とは山岳専門の気象予報サービス)。その予報が発せられ、大会2日目・午前7時2分に中止が決まった。

その1年後に開催された今大会(2022年大会)では、スタートラインに2年続けて立つことを目指す者が多数いた。その一人、土井陵(たかし)(40歳。以下、文中の年齢は本大会スタート時)。

「台風?事故? ……事故じゃなくてよかった」

2021年のレースでは、トップを独走。その姿を密着撮影していた番組のメイン・ディレクター北條雅樹から大会中止を知らされて、そう返した。土井は大会2日目の朝の時点で北アルプスを踏破。上高地を越え、釜トンネルを抜けて奈川渡ダムを目指していた。2位を進む選手にコースタイムで半日以上という圧倒的な差をつけていた。