加藤の本懐「勝たせてあげたかった」

失意のなか新幹線で帰路に就き、秋田駅に到着すると、加藤から諭すように言われた。

「お前たちはここで終わりじゃないよ。次のステージがあるんだから、東京体育館に戻って大会を見届けるべきだと思う」

堀たち主要メンバーは急遽、夜行バスに乗って東京へ戻ることとなった。

「最悪だよ……こんな仕打ちはねぇ!」

早朝。体育館の開場までファミレスで時間をつぶしていた堀たちは、盛大に愚痴った。

東京体育館に入ると、全員で観客席最上段の片隅に陣取り、素性を隠すようにベンチコートを着込んで大きな体を丸めた。自分たちが「能代工の選手だ」と、周囲にバレることへの気まずさがあったからだ。

選手たちを促した加藤の深謀はこうだった。

「『敗戦から学ぶ』じゃないけど、モチベーションに変えられると思っていたんです。自分たちと同じバスケで戦っている高校生へのリスペクトを感じてほしかったんです」

そして加藤は、まるで自分を責めるように、ボソッと呟いた。

「なかなかね、毎年勝つっていうのは難しいです。でも、勝たせてあげたかった、本当に」

能代工が9冠→無冠に転落。“田臥のひとつ下の世代”でチーム崩壊の危機。当時のキャプテンは監督に反抗、ロッカーを殴って…_5
現在は西武文理大教授で、男子バスケットボール部監督を務める加藤三彦さん
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卒業を前に下宿の主人がかけた言葉

卒業を間近に控えた3月。堀たちはそんな加藤の親心を、少しだけ感じることができた。

下宿の主人と“最後の晩餐”をしていると、彼からこんな惜別の言葉を贈られた。

「みんな辛い思いをしたけどさ、『若い時の苦労は買ってでもしろ』って本当だよ。負けた苦労がいつか、自分にとって大切なものになるんだって信じて、卒業してくれや」

溜まりに溜まっていた負の感情が、洗い流されるようだった。

嗚咽や鼻をすする悲しい音が、場を包む。

無冠の男たちは、体を揺らし、顔を歪ませ、大粒の涙を流していた。

取材・文/田口元義

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9冠無敗 能代工バスケットボール部 熱狂と憂鬱と
著者:田口 元義
能代工が9冠→無冠に転落。“田臥のひとつ下の世代”でチーム崩壊の危機。当時のキャプテンは監督に反抗、ロッカーを殴って…_10
2023年12月15日発売
1,980円(税込)
四六判/336ページ
ISBN:978-4-08-788098-4
のちに日本人初のNBAプレーヤーとなる絶対的エース・田臥勇太(現・宇都宮ブレックス)を擁し、前人未踏となる3年連続3冠=「9冠」を達成した1996~1998年の能代工業(現・能代科技)バスケットボール部。

東京体育館を超満員にし、社会的な現象となった「9冠」から25年。
田臥とともに9冠を支えた菊地勇樹、若月徹ら能代工メンバーはもちろん、当時の監督である加藤三彦、現能代科技監督の小松元、能代工OBの長谷川暢(現・秋田ノーザンハピネッツ)ら能代工関係者、また、当時監督や選手として能代工と対戦した、安里幸男、渡邉拓馬など総勢30名以上を徹底取材! 
最強チームの強さの秘密、常勝ゆえのプレッシャー、無冠に終わった世代の監督と選手の軋轢、時代の波に翻弄されるバスケ部、そして卒業後の選手たち……
秋田県北部にある「バスケの街」の高校生が巻き起こした奇跡の理由と、25年後の今に迫る感動のスポーツ・ノンフィクション。

【目次】
▼序章 9冠の狂騒(1998年)
▼第1章 伝説の始まりの3冠(1996年)
▼第2章 「必勝不敗」の6冠(1997年)
▼第3章 謙虚な挑戦者の9冠(1998年)
▼第4章 無冠の憂鬱(1999年)
▼第5章 能代工から能代科技へ(2000-2023年)
▼第6章 その後の9冠世代(2023年)
▼終章 25年後の「必勝不敗」(2023年)
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