「1年生トリオ」スタメン起用の裏側

チームの礎と伝統を築いた前任の加藤廣志からバトンを託され90年に監督となってから、91年にインターハイ、国体、選抜(ウインターカップ)を制した「3冠」を含め、日本一は実に8回。加藤三彦は名門・能代工の強さをより進化させた指導者でもあった。

高校バスケットボールにおいて、「勝てるチーム」を築くために加藤が重要視していることは、システムづくりなのだという。

「プロと違って、高校は次の年になると同じチームは組めないですから。毎年勝っていくためにはシステム化しないといけない。スタートで出る5人で言えば、『トライアングル』と『ライン』を決めてチームを作ってきました。あの世代のトライアングルだったのが、田臥、若月、菊地の3人なんです」

高校バスケの名門・能代工で田臥勇太ら「5人中3人が1年生」。当時監督・加藤三彦が明かす“レギュラーから上級生を外した”意図_4
能代市内のガソリンスタンドに飾られた巨大なポスター。田臥、若月、菊地が描かれている
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トライアングルとは、バスケットボールにおける連動性を意味している。

田臥をプレーの起点とした場合、加藤はゴール付近のペイントエリア内でのシュート力にも長ける、センターの若月との相性の良さを見出していた。菊地をシューターにしたのも、高確率の3ポイントシュートを持っていることに加え、田臥がドライブでゴール下まで切り込み相手を引き付けることで、フリーになることが多くなると考えていたからだ。

このトライアングルとの相性を考え、ラインには1年生から経験を積み、センターにコンバートすることとなる小嶋とガードの畑山陽一の、新2年生に任せた。

加藤はポジションと学年を考慮し、年々、ベストのトライアングルとラインをアップデートする。したがって、能代工では1年生からスタメンに抜擢される例は珍しくない。ただし、3人となると話は別だ。

「トライアングルに1年生3人を使うっていうのは、それまでなかったですね」

上辺だけなら、「上級生に力がないから」と受け取られかねない。だからこそ加藤は、語調を強めながら訴える。

「上級生がダメなんではないんです。言い方は傲慢かもしれないけど、田臥たちをスタメンにしなくても、僕は勝てたと思っています」

これこそが、能代工の矜持なのだ。

だから挑戦できた。コートでも勇猛果敢に攻められたのである。

(つづく)

取材・文/田口元義

「168cmの中学生」田臥勇太の目撃者たちが絶句…“練習会で起きた事件”を能代工メンバーが証言 はこちら

9冠無敗 能代工バスケットボール部 熱狂と憂鬱と
著者:田口 元義
高校バスケの名門・能代工で田臥・若月・菊地と「5人中3人が1年生」。当時監督・加藤三彦が明かす“レギュラーから上級生を外した”真意_10
2023年12月15日発売
1,980円(税込)
四六判/336ページ
ISBN:978-4-08-788098-4
のちに日本人初のNBAプレーヤーとなる絶対的エース・田臥勇太(現・宇都宮ブレックス)を擁し、前人未踏となる3年連続3冠=「9冠」を達成した1996~1998年の能代工業(現・能代科技)バスケットボール部。

東京体育館を超満員にし、社会的な現象となった「9冠」から25年。
田臥とともに9冠を支えた菊地勇樹、若月徹ら能代工メンバーはもちろん、当時の監督である加藤三彦、現能代科技監督の小松元、能代工OBの長谷川暢(現・秋田ノーザンハピネッツ)ら能代工関係者、また、当時監督や選手として能代工と対戦した、安里幸男、渡邉拓馬など総勢30名以上を徹底取材! 
最強チームの強さの秘密、常勝ゆえのプレッシャー、無冠に終わった世代の監督と選手の軋轢、時代の波に翻弄されるバスケ部、そして卒業後の選手たち……
秋田県北部にある「バスケの街」の高校生が巻き起こした奇跡の理由と、25年後の今に迫る感動のスポーツ・ノンフィクション。

【目次】
▼序章 9冠の狂騒(1998年)
▼第1章 伝説の始まりの3冠(1996年)
▼第2章 「必勝不敗」の6冠(1997年)
▼第3章 謙虚な挑戦者の9冠(1998年)
▼第4章 無冠の憂鬱(1999年)
▼第5章 能代工から能代科技へ(2000-2023年)
▼第6章 その後の9冠世代(2023年)
▼終章 25年後の「必勝不敗」(2023年)
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