もっとチームの価値を高めたい
――最近は選手としての活動に加え、代表戦のテレビ中継の解説などにもチャレンジされていますし、バスケ情報番組では熱血教師に扮し、MCの澤部佑さん(ハライチ)顔負けのエンターテイナーぶりを発揮されました。篠山選手のサービス精神は一体どこから来るものなんですか?
こういった活動を通して、自分やバスケへの価値を世間に伝えていくことも、プロアスリートとしての仕事の一つだと思っているからです。
――川崎はかつて東芝ブレイブサンダースという実業団チームで、篠山選手も大学卒業後5年、実業団選手としてプレーされていました。当時はあまり対外的なことは意識されていなかったのではないですか?
そうですね。子供の頃から運動会や文化祭で目立ちたいみたいな気質はあったんですけど、進路については「実業団チームに入って、成績を残して、引退後も誰もが知っている大企業で働かせてもらう」っていうのが最大の成功だと思っていました。
当時はプロアマ混合リーグのNBLとプロバスケリーグのbjリーグが混在していた時代でしたが、そのころのプロチームはまだどこも不安定で、僕個人としてはそこに夢を見出せなかったんです。
ただ、いざチームに入ってみると、プロチームのリンク栃木宇都宮ブレックス(現・宇都宮ブレックス)のホームゲームは満員なのに、東芝はガラガラ…みたいなギャップはすごく感じましたし、「もっとチームの価値を高めたい」「たくさんのお客さんの前で試合をしたい」っていう気持ちも出てきました。でも、従業員の方々たちの士気高揚を存在意義とする実業団チームでは、やりたいと思ってもできないことのほうが多かったんです。
例えば「試合を見に来てください」というチラシ配りは、駅とか街中じゃなくて東芝の敷地内でしかできなかったですし、ツイッターでチーム公式アカウントを作るのに一体何人のハンコが必要なんだ?みたいな感じでしたし。
そして、2016年にBリーグが開幕してチームもプロになって、本来の目立ちたがり屋スイッチが爆発した、みたいな感じです。配ったチラシが、お見送りでハイタッチしたときの言葉が、ツイッターの投稿が一席一席のチケット代に変わっている手応えみたいなものを感じられるようになったこともあって、PR活動にすごく積極的になりました。
――エンタメという観点で、バスケ界を飛び越えた影響力を及ぼせるような選手は、それほど多くないように感じます。篠山選手から若い選手へアドバイスはありますか?
僕だって最初からやれたわけじゃないです。まずはやろうとすることが大事だし、そう思える人がプロなんだと思っています。要はうまくやろうとするのでなく、自分らしさを伝えるのが大事っていうのかな。僕みたいによくしゃべるやつがいていいし、比江島慎(宇都宮)みたいにシャイで口下手なのを逆に売りにする人がいてもいいんじゃないかと。