1万円分の鹿せんべいを爆買いした観光客が……
「コロナ前のインバウンドが盛んな頃、奈良公園を鹿とのふれあい公園と勘違いした外国人観光客が一万円分の鹿せんべいを爆買いし、鹿に与えたことがあったんです。その鹿は可哀そうにお腹がパンパンに膨れ、足元には大量の鹿せんべいの破片が散らばっていた。
奈良公園の鹿は野生で、本来の主食は草です。なのに、その観光客はお腹がパンパンになるまで鹿にせんべいを与えてしまった。そんな誤った鹿との接し方をなくしたいんです」
たしかに、露店で売られるむきだしの鹿せんべいと違い、自販機の鹿せんべいは六角形のきれいな箱に収められており、そのサイド部分には正しいエサの与え方や鹿との接し方など、啓発メッセージがびっしりと書き込まれている。
「箱の正面イラストは子どもたちによる『奈良のシカ』保護啓発ポスターコンクールの受賞作品を採用しました。また、箱はKOME-KAMIと呼ばれる廃棄予定の米粉を混ぜたエコな紙素材で作ってあります。
すべて観光客にかわいい箱だな、持ち帰って部屋にでも飾ろうと思ってもらうためです。それで時々、この箱を見て奈良の鹿を大切にしなくちゃと思ってほしいんです。自販機での価格が500円にもなったのはこの箱代に300円もかかったためです(苦笑)」(前同)
すべては鹿のため――。どうやら、自販機設置で売上が激減するという露店のおばちゃんたちの懸念は杞憂だったようだ。
観光客の踏みつけによる芝草への悪影響や車との接触事故多発など、鹿せんべい以外のエサやりによる健康被害の他にも鹿たちの生存を脅かす事例は事欠かない。現在、1200頭を数える奈良の鹿だが、終戦直後には密猟で79頭にまで激減し、絶滅の危機に瀕したこともある。
奈良の鹿には50年後、100年後も健やかでいてほしい。自販機の500円鹿せんべいがその一助となりますように。
取材・文・撮影/集英社オンライン編集部