トランプ流ディール術とプーチン
にもかかわらず、これらすべてのカードは結果的に侵略の抑止にはまったくならなかった。なにしろ、アメリカ軍が戦闘行為に加わらないという言質をバイデン大統領が与えているのだ。
19万人の兵力で脅せば、短時間でウクライナに白旗を揚げさせ、2014年のクリミア半島のように「無血入城」も可能になる。幸い、ドイツのメルケルも退陣して欧州は統率がとれていない。エネルギー価格の高騰で稼いだ外貨もたんまりとある今は千載一遇のチャンスだ――。
そうプーチンは判断したのかもしれない。いずれにせよ、武力行使以外の脅しは抑止力として機能しなかったことは確かだ。
ではアメリカが武力を行使できるのかといえば、現状は極めて困難な状況にある。第2次世界大戦以降も多くの軍事介入をしてきたアメリカだが、核大国に対してはない。ならば、ドナルド・トランプだったらどうだったかとも考えてしまう。
トランプもバイデン同様、軍事介入には抑制的だったろう(シリア空軍基地などへの限定爆撃はあったが)。国内で黒人差別の抗議デモを鎮圧するために軍の投入を検討したことはあったが、国外で米軍を動かすことには消極的だった。金にならないことには関心が薄いというのが彼のデフォルト対応だ。
しかし、「派兵するのか?」と聞かれて「しない」と明言するアメリカ大統領はバイデンぐらいではないか。連邦上院外交委員長を4年も務めた人物なら、抑止力の何たるかの理解は骨肉化しているはずである。なのに、彼は「しない」と発言し、抑止力を失わせてしまった。
トランプならおそらく”We’ll see.”とか、“You’ll find out.”(そのうち、わかる)と曖昧にするか、多くの大統領の常套句”Everything’s on the table.”(すべての可能性を排除しない)と言ったにちがいない。トランプ流ディール術(それが本当にあればの話だが)の要諦のひとつは、曖昧さとサプライズだ。
とにかく、12月8日の時点で「すべての可能性を排除しない」とバイデンが発言していたら、プーチンはアメリカの本気度に背筋が寒くなっていたのではないか。しかし現実には、介入完全否定だった。