生まれ育った人間にしか描けない
濃密な〝田舎〟の小説を
――新刊『ハヤブサ消防団』には〝田園小説〟というキャッチコピーが。聞きなれないジャンルですね。
池井戸 ひらたく言えば〝田舎を舞台にした小説〟ですね。なぜそうなったかというと、僕が田舎の出身だから。小説の舞台である八百万(やおろず)町と同じような場所で育ったので、いつか田舎を舞台にした小説を書きたいと思っていました。たぶん、いま活動している作家の中で、僕がいちばん田舎育ちなんじゃないかな。
――主人公の三馬が加入することになる消防団。知っているようで実はよく知らない組織ですが、取材はどのように?
池井戸 地元にいる僕の同級生や友人たちですね。都会にも消防団はありますが、田舎の消防団は実際に消火活動をしますし、祭りや地区の行事などにも引っ張り出される、田舎の日常に欠かせない存在なんです。その様子や苦労話を以前からよく聞いていたので、ストーリーの中に生かしました。
消防技術を競う大会の最中にズボンの尻が破れたとか、祭りで吹く横笛をICレコーダーの音声で誤魔化したとか、嘘みたいな話こそ実話だったりします(笑)。もちろん、全国の消防団の中には体育会系でビシッと統率の取れた団体もあると思いますが、そういうところばかりではないようです。
――三馬が眺めるハヤブサ地区の自然の光景や風土色あふれる行事、食べるのにちょっと勇気が要りそうな郷土食などの生き生きとした描写も魅力的です。
池井戸 「ヘボ(地蜂の一種)」ですね。僕も「大熊蜂の子(オオスズメバチの幼虫。小指大)」はさすがにムリでした(笑)。かつて身投げした女性の名前がついた「リンネ淵」など、地元に実在する場所も出ています。
実はこうした伝承はおもに亡くなった父から聞いたものです。本や歴史が好きな人だったし、そうしたものを僕に伝えて遺しておこうという気持ちがあったのかもしれません。そういう意味でも、この小説を書けてよかったなと思っています。