人間を描けば、物語は動く。
緊張感を持って謎を追い続けて
――色彩豊かな田園小説がミステリに舵を切ったのは、どの時点からですか。
池井戸 山や食べ物の話を延々と読まされるほうもさすがに大変だろうし、書く側としてもそれはない。
ということで、登場人物たちと向き合いながら書いていくと、田舎とはいえ決して平和な人間関係や生活だけがあるわけじゃないと気づかされたんです。地方の風俗をただ並べるだけでなく、そこに秘められたものを掘り下げていくのが、小説の正しい方向性なんだろうと考えました。
――三馬が消防団に入団したのち、のどかな八百万町に異変が起こり始めます。次々と発生する連続放火事件、行方不明者の謎の死、山や町の中でたびたび姿を見かける不審者の存在……。
池井戸 連続放火事件は、僕の故郷でも実際に発生したことがあります。もっと小規模なものでしたが。それとは別に、神社の鳥居の前の家が連続して燃えたというのも実話で、父からは「絶対に神社の前に家を建てるなよ」と。そうした一種スーパーナチュラルな現象も、古い土地柄では起こるんです(真顔)。
――三馬は作家らしく観察眼を光らせ、事件の裏側にあるものに迫っていきます。そうして浮かび上がってくるのが、地方の町にある目的を持って近づいてくる集団の存在であったり、集落の入り組んだ人間関係であったり。
池井戸 ストーリーの中心にあるのは、常に人です。最初は何気なく登場している人物が、その後に、「この人には何かがあるな」と意外な裏側が見えてくる。そこを深く掘り下げていくうち新たな事情を発見し、物語が大きく動いていきます。連続放火に端を発し、「八百万町」の中で密かに進行していた事件の犯人については、自分でも最後までわかりませんでした。書き手にとっても謎は謎であり、解決策を常に模索している。予定調和にならず、最後まで緊張感を持って書き続けられたと思います。
――書いていて楽しかった登場人物は?
池井戸 消防団のメンバーや町の人たち。そして、個人的には三馬の担当編集者の中山田がおもしろい。三馬が町の事件で緊張している中、ゴルフバッグや釣り竿を持って呑気にやってきて、酒を飲んで遊んで帰る。僕の周りにいる編集者数人を合体させたようなキャラクターで、かなりリアルなんですが、一般の人からすると「こんな人、本当にいるんですか?」と不思議がられるでしょう(笑)。