エリア・カザン監督に叩きつけた決別宣言としての『WANDA /ワンダ』
女優としてのバーバラ・ローデンは、カザンの『草原の輝き』(1961)で、主人公ウォーレン・ベイティの姉の役を演じたくらいしか知られていないが、舞台ではアーサー・ミラーの戯曲『アフター・ザ・フォール』のブロードウェイ公演(1964-65)でトニー賞を受賞した実力者。だが、以前から夫婦同然の関係だったカザンと1966年に結婚すると、夫の名声の陰で仕事をセーブし、カザンの子を産み育て、社会的には“エリア・カザンの妻”に甘んじてきた。だから、そのローデンが映画を作ったとしてもカザンという権威の庇護の下で機会を与えられたと思われたのではないか。
しかし、実際にはカザンとの結婚生活は破たんしており、新聞記事で見つけた事件に着想を得て『WANDA /ワンダ』のシナリオを完成させた彼女は、プロとしてカザンに監督を依頼したものの断られたのだという。ローデンは、たった11万5千ドルの製作費を捻出するのに6年を費やし、「彼女に独立の映画製作者になれるだけの資質があるとは信じられない」と言うカザンに対する決別宣言として、脚本・監督・主演を兼ねて映画を作り上げたのだ!
今こそ元祖“エンパワーメント映画”を堪能してほしい!
前述のごとくヴェネチア国際映画祭で賞を得るなど、ヨーロッパでは全く新しいアメリカ映画として喝采を浴びたものの、ほどなくローデンは乳がんに侵され、たくさん書いていたというほかのシナリオをひとつとして映画にする機会を持てぬまま、1980年に亡くなった。バーバラ・ローデンのデビュー作にして遺作ともなった『WANDA/ワンダ』は、「半永久的に保存する価値がある作品」825本の1本(2021年末時点)として、カザンの『紳士協定』、『波止場』、『エデンの東』(1955)、『アメリカ アメリカ』(1963)と並んで、2017年にアメリカ国立フィルム登録簿に登録された。――半世紀前に、こんなに格好よく生き、死んだ女性映画人がいたことに思いを馳せ、元祖“エンパワーメント映画”を堪能してほしい。
文/谷川建司 構成/松山梢
『WANDA /ワンダ』(1970)WANDA 上映時間:1時間43分/アメリカ
ペンシルベニアの炭鉱町に住むワンダ(バーバラ・ローデン)は、夫から離別され、子供も職も失い、有金すらもすられてしまう。フラフラと夜の街を彷徨い歩き、一軒の寂れたバーでMr.デニス(マイケル・ヒギンズ)と名乗る傲慢な小悪党と知り合ったワンダは、彼に言われるがまま、犯罪計画を手伝うハメになる……。
配給:クレプスキュール フィルム
7月9日(土)よりシアター・イメージフォーラムほか全国順次公開
©1970 FOUNDATION FOR FILMMAKERS
公式サイト
https://wanda.crepuscule-films.com