スポーツ中継でも緊張したくない?
「本田の解説、緊張が溶けるからいい」「本田さんの解説は緊張の糸をほどいてくれる」「緊張するので本田の解説がほしい」。SNS上では、そうした声も見られた。
緊張こそがスポーツ中継の醍醐味でもある。ただ、現代の視聴者は、ただ緊張をあおられ続けるだけの中継は求めていないのかもしれない。強い緊張感のある試合だからこそ、本田の率直な言葉や少し外したリアクションが入ることで、視聴者は息をつけて、純粋に試合を楽しめていた。
今回のワールドカップ中継で見えたのは、テレビの限界と可能性の両方だった。
視聴率だけを見れば、かつてのワールドカップ中継のように、日本中がひとつの地上波に集まる時代ではなくなっている。BSがあり、配信があり、SNSで別の中継の様子も流れてくる。30%台という視聴率が、今のテレビで出せる一つの限界値だとも感じた。
ただ、今回見えたのは、テレビの衰退だけではない。人々はまだ、テレビという場所をどこか特別なものとして見ている。NHKや地上波の中継という“きちんとした場”で、本田が率直に語る。そのズレを面白がり、テレビで本田を見られることに喜ぶ人がいた。
そして、局の垣根を越えて本田を起用したことも、今後のテレビ中継にとっては大きな出来事だったのではないか。独占することだけが価値ではない。局をまたいででも、「この中継で見たい」と思わせる要素を作ることが、これからのテレビには必要になっていく。
イレギュラーが起こるたびに、テレビの空気は少しずつ変わっていく。ただ放送するのではなく、どんな形で放送するのか。ここに、テレビならではの面白さと可能性が感じ取れた。
文/ライター神山



















