運動をすると「海馬」が甦る理由

脳細胞への悪影響を止める、いわば「守り」の意味での運動の効果をお伝えしてきました。ですが運動には「攻め」の効果もあります。減ってしまった脳神経を増やすことにもつながるのです。

本章の冒頭で紹介したロンドンのタクシー運転手たちの話を思い出してください。彼らのように、人間の脳は海馬でのみ、新たな神経細胞が発生するとわかっています。

この働きを促してくれる物質が「脳由来神経栄養因子(BDNF)」です。

BDNFは「肥料」のようなものです。

新たな神経細胞になる「タネ」が埋まっている肥沃な土壌である海馬に、BDNFという肥料をたっぷりとかけることで、新たな神経細胞が芽生えて成長していきます。

これが、認知症になりにくい脳をつくることにもつながっています。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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さらにBDNFには細胞の新生だけでなく、脳の中で生き残っている神経細胞同士の「つながり(シナプス)」を増やしたり、そのつながりを強化したりする作用もあります。

残っている神経細胞同士の情報伝達の効率を高める「チューンアップ」も行っているのです。先述のとおり、神経細胞の数が減っていても情報伝達の効率が飛躍的に上がれば、脳全体のパフォーマンスは向上します。

この奇跡のような役割を果たすBDNFを作るために必要なのが、「運動」です。

近年の研究から、運動をすると筋肉から「ミオカイン」と呼ばれる一連の生理活性物質が分泌されることが明らかになりました。

ミオカインは脂肪や肝臓、膵臓など様々な臓器に作用して代謝を調節したり、全身の炎症を抑制したりと、体にとって非常に良い効果をもたらすことがわかっています。

このミオカインが脳にも直接作用し、脳の中でBDNFの発現を促すのです。

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
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運動は、脳の容量低下に対抗するためだけでなく、新しい脳細胞を作る上でも非常に効果的だということです。

ひとつの事例として、私の家系の話をしましょう。

私の家系は皆、長寿なのですが、認知症を発症する人も少なくありません。むしろ認知症家系と言ってもいいかもしれません。

そして皆、戦中から戦後にかけての食糧難の時代に幼少期を過ごしたこともあって、認知症に悩む親戚の多くは体力があまりなく、運動が苦手でした。

しかし1人だけ例外がいました。叔父です。叔父だけはスポーツ好きで、若い頃からスキーや水泳に熱心に取り組んでいました。

叔父は身体的には病気になりましたが、認知症に侵されることはなく、頭だけは最晩年まで冴えていました。

因果関係を証明するのは難しいのですが、運動が認知症対策に有効であることを示すひとつの例だと信じています。