裏取引成功説
グリコ・森永事件――114号と呼ばれた一連の事件に関して、“表面上”犯行グループは1円の利益も得られていない。
その一方かなりの経費と労力を費やしたことは疑いなく、その資金力も謎とされた。
そのひとつの“解”として、「実は脅迫した企業と裏取引していたのではないか」という憶測が生まれることとなる。
加えて実際にある企業が実際に裏取引に応じていた事実がノチに明らかになることで、この説が時効後も根強く囁かれる原因となってしまった。
裏取引に応じていたのは製菓大手のロッテである。同社は1985年9月に脅迫状を受け取り、極秘裏に3000万円を支払った。
が、それは模倣犯による脅迫であり、裏取引に味をしめた模倣犯が1年後に“おかわり”と再度金銭を要求したためロッテがようやく警察へ届け出、事が明るみに出た。
模倣犯はすぐに逮捕されたが、同業他社、特に森永が「自社のみならず食品業界、社会正義全体への挑戦」と社会に訴え、徹底抗戦、資金ショート寸前まで追い込まれた――という経緯を知る世間からは、「裏取引に応じていた」というロッテの経営判断・姿勢は社会から猛烈な批判を受けることになった。
余談にはなるが、諸説のなかに「ロッテ主犯説」なるものがあり、これは「当時、グリコや森永と覇を競う大企業だったロッテが犯行グループから狙われなかったから怪しい」という主旨のモノである。
だが、1985年2月の「毒入り菓子バラマキ」で21面相グループによってロッテ製品にも青酸を混入されており、決して「狙われなかった」ワケではない。
加えて(模倣犯と知ってか知らずかは判然としないが)脅迫に対し裏取引で応じていた事実そのものが、この「ロッテ主犯説」の荒唐無稽さを浮き彫りにしているように思われる。
ともかくも、犯行グループが「取引したで」と挑戦状や脅迫状で仄めかしたこともあり、「裏取引説」は各方面にて根強く囁かれ続けることになる。
その矢面に立たされたのはグリコだった。
本来、グリコは被害企業であり同情されるべき立場であるはずなのだが、グリコが一度犯行グループとの“裏取引”に応じようとした事実がその立場に負の影を落とすことになる。
1984年5月26日、グリコは長岡香料を経由した犯行グループからの指示を受け、警察に届けずに裏取引に応じようとした。
この時は犯行グループが動かず取引は不成立に終わっているが、その後も脅迫が続いたため結局手に負えないとしてグリコは再度警察を頼る流れとなった。
この“一度”がマズかった。
これ以後、やることなすこと「怪しい」と難癖をつけられ、そのたびに「裏取引はない」と釈明に追われることとなる。












