社会保険料を削るという「国民的合意」?

西村 おそらく2024年の衆議院選挙くらいの時期からだと思いますが、社会保険料を削ることが何か国民的合意のように言われ始めましたよね。

 私はちょうどロスジェネ世代なので、良い目を見たことのない我々ロスジェネ以下の世代の根底には「高齢者を支えるためにこれ以上負担するのが辛い」という裏の共通意識のようなものがあって、自分たちが高齢者になった時には今のような手厚い医療を受けられないんじゃないかと皆が思っている。

そんな世代間のくすぶりみたいなものがあるように思います。でも、現役世代の給付を削ることで社会保険料の負担を減らしてほしいと思っている人は、たぶんいないんじゃないかと思うんですよね。

西村 後期高齢者医療制度の財源は4割ほどが現役世代からの拠出金で賄われているので、そこに対する不満はよく指摘されることですね。ただ、現役vs高齢者という世代間対立を煽るのはあまり良くないと思うんですよ。現役世代が社会保険料に負担を感じているのは、高齢者のせいばかりではないだろうし。

とはいえ、社会保険料の支払いに重い負担を感じている現役世代が、月116円軽くしてもらうために高額療養費制度を毀損してもいいとは、先ほど宋さんがおっしゃったようにおそらく誰も思っていないと思うんですよ。なのに、衆議院や参議院での厚労省の言い分を聞いていると「だって皆さんは社会保険料を削ってほしいんでしょ? だから削っているんですよ」みたいな言い方なんですよね。

 それはすでに閣議決定しているからもうやるしかない、と思ってやっているんですか? あるいは財務省に言われているから……?

西村 そのあたりの事情に詳しい人は「財務省と厚労省の戦略的互恵関係」とよく言うんですが、要するに、お互いにとって合目的的であれば手を結ぶ、ということだと思います。財務省は何が何でも政府歳出を減らしたい。一方の厚労省は、自分たちの制度案を実現するという目的にかなうかぎりは協力する。厚労省の内部にもグラデーションがあって、「この制度に手をつけるのはよくない」と考えている人もいるみたいですが、とはいえ趨勢としては、「政府の改革工程ですでに決まっていることですから……」と粛々と進めているんじゃないでしょうか。

 本にも書いていましたけれども、政治家もあまりこの見直し案のことをよくわかってない、みたいな?

西村 当初はよくわかっていない人が多かったようです。去年の1月から全がん連とJPA(日本難病・疾病団体協議会)が与野党議員に精力的な要望活動を行って、それで問題に対する理解はだいぶ浸透していったんだと思います。今年の衆議院と参議院では、厚生労働委員会や予算委員会で野党議員から高額療養費の〈見直し案〉について、具体的で的確な指摘や質問がたくさんされているんですが、まったく聞く耳を持たないですね。

 それは厚労省が?

西村 上野厚労大臣と厚労省の保健局長。

 そうなんだ……。野党はSNSなどで高額療養費の問題についてアピールしているんですか?

西村 していると思います。ただ、世の中の関心がイラン戦争などの方に向かっているので、もともとこの問題に興味がある人以外には広くアピールしにくいのかもしれません。

 関心が別のところに、ね……。なるほど。私もたびたび高額療養費制度のことはSNSで発信するんですけど、毎回めっちゃバズりますよ。

西村 いつも拝見して、とても心強く思っています。

高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉
西村 章
高額療養費制度 ひろがる日本の〈健康格差〉
2026年4月17日発売
1,155円円(税込)
新書判/288ページ
ISBN: 978-4-08-721407-9


医療費が高額になった場合、自己負担額を一定に抑える「高額療養費制度」。
自己免疫疾患の治療で長年この制度を利用してきたジャーナリストは、2024年冬に政府が発表した「改悪」案に不安と憤りをおぼえ、取材を開始する。
疾患当事者や研究者、政治家などの証言が浮き彫りにしたのは、健康に「格差」がある日本社会の現状や、セーフティネットとして十分に機能せず、〈世界に冠たる〉とは到底いえない医療保険制度の姿だった。複雑で入り組んだ高額療養費制度の問題を、一般書として初めて平明かつ多面的に解明する!

◆目次◆
第1章 高額療養費制度とは何か
第2章 part1 政治的・財政的背景から読み解く〈見直し〉案
第2章 part2 患者団体は〈見直し〉案凍結と変更をどう実現させたのか?――天野慎介氏に訊く
第3章  2024・2025年の〈見直し〉案をひもとく――安藤道人氏に訊く
第4章  高額療養費制度に潜む「落とし穴」を検証する――五十嵐 中氏に訊く
第5章 「魔改造」を施された日本の医療保険制度と高額療養費――高久玲音氏に訊く
第6章 part1 司法の視点から高額療養費制度を検証する――齋藤 裕氏に訊く
第6章 part2 立法の視点から高額療養費制度を検証する――中島克仁氏に訊く
第7章 「健康格差」解消のために、どのような医療保険制度を構想すればよいのか?――伊藤ゆり氏に訊く
第8章 大局的な視野から日本の医療保険制度と高額療養費制度を考える――二木 立氏との一問一答

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