「お母さん」「おばあちゃん」の役割で過ごせる最期

母亡きあとの旧家に住む者はいなくなった。ごくたまに帰郷すると、しーんという音がする。屋敷はまだ葬儀のときの形そのままで、漂うのは線香の残り香。

あるじを失った家は共に瞬時に呼吸を止め、荒み始める。おおこれぞ日本全国で起こっている空き家問題そのもの。問題というだけあって解決がむずかしい。

湖東、いつもの雪景色。中央が春待つ紅梅
湖東、いつもの雪景色。中央が春待つ紅梅

支援・介助・介護はそれ以上の「問題」であるだろう。私の場合もそうだが、身構え、覚悟をしていても、いざとなったらうろたえる。

お世話になった白木さん(福祉用具専門相談員)がこんなことを言っていた。

「実際に使える制度をみなさんあまり知らないんです。介護や看護の力が必要な本人やご家族が、それを知らないばかりに自分たちだけでがんばっているということが多い」

わかる! 今回私はまさにそれに直面した。提供する側は助ける準備ができているのに、受ける側がなかなかヘルプを言って来ない。

言い方がわからない。複雑な制度を知ろうとする力、意欲が必要とされる。個人差も大きい。家庭環境差、地域差も。赤ん坊誕生時のシンプルな準備、世話に比べ、こちらのほうは被介護者の数だけのケア、技術、体力、知識を要する。予算も。正解が見えない。別れの日までの所要時間も。すなわち「デス・リテラシー」の問題。

母の場合は希望通りの在宅死となった。しかしそれはごく私的な一ケースに過ぎず、「はじめに」でも書いたように《流れで、たまたま、そんなふうになった、に過ぎない》。

私の最も苦しかったのはたった10日間だったが、それが数週間、数ヶ月、いや数年間にも及ぶ……といった方もおられるわけで、その道程、未来は誰にも見えない。

訪問看護師の小森さんには本当に助けられた。本書制作に当たって、彼女と母の写った写真を探したのだが、一葉もなかった。なぜなら私の不在のときにフォローで来てくれていた人で、あるいは私といるときはたいがい撮影どころではなかったからだ。

本稿に目を通した彼女からの最新メールのなかにこんな言葉があり、心に残った。

私は在宅看取り至上主義者ではないので、在宅で逝けた方がとても幸せで、病院で逝かれる方が不幸とも思いません。

どちらであってもご本人の希望が尊重されるべきですし、その方の「今」だけでなく「背景」にもよりそって過ごせる時間、存在が大切なんだろうな……と思っていますが、これもわかりません。

でも「患者さん」の役割よりは、「お母さん」「おばあちゃん」の役割で過ごせる最期のほうが幸せやろな〜って思います。

振り返れば、母がボケなかったのは幸運だったし、小森さんのような看護師の存在も特例であろうし、その彼女が強く推してくれたヴォーリズ記念病院緩和ケア科への転院も理想的な移行だったと思うが、まあすべて結果論である。幸運なつながり。