由美かおる、芸能生活60周年

——芸能生活60周年、おめでとうございます。まずは、芸能界に入られたきっかけとデビュー当時のお話からお聞かせください。

由美かおる(以下、同) 私は1950年に京都で生まれました。両親は青果店を営んでいて、兄が2人。3人兄妹の末っ子でした。3歳のとき、近所に住んでいたお姉さんがクラシックバレエをやっていて、その方にくっついてバレエ教室へ遊びに行っていたのが、私とバレエの最初の出会い。母にお願いして習わせてもらうようになり、宝塚(大劇場)の近くに引っ越してからはピアノや声楽も習わせてもらいました。

中学に入ったころ、友人から「大阪にいいバレエ学校があるから一緒に行こう」と誘われたのが、(宝塚歌劇団の講師をしていた)西野皓三先生が設立した「西野バレエ団」でした。そこでレッスンに励んでいるうちに、西野先生から「『11PM』という大人の番組に新しいコーナーができる。そこに出てみないか」と抜擢していただいたんです。

——それが15歳での鮮烈なデビューだったのですね。尻込みなどしなかったのでしょうか。

私はもともと人前に出るのが好きでしたし、好奇心旺盛だったので「やってみたい!」という気持ちが強くて、単純に嬉しかったですね。バックダンサーの方々をつけていただき、ダンスと歌を披露しました。

番組自体は生放送でしたが、私は未成年だったのでビデオ収録したものが放送されました。それがあっという間に話題になって、一夜にして人生が変わったような感覚でした。

——あの故・石原裕次郎さんも連絡をしてきたとか。

そうなんです。裕次郎さんも『11PM』を観ていてくれたそうで、主演映画(『夜のバラを消せ』)の相手役になってほしいとご連絡をいただいたんです。両親もバレエ団の方々も番組の影響力にびっくりしました。それ以外にもお仕事の依頼がたくさん来て、西野先生が後押ししてくださったこともあり、本格的な芸能界デビューを決意しました。

その一方で、父には芸能活動を猛反対されたんです。でも、どうしてもやりたかった私はハンガーストライキを起こして抵抗し、最終的には母の後押しもあって父も認めてくれました。その後、「西野バレエ団」のお稽古仲間であった後藤さんという、お姉さんみたいな女性がマネージャー代わりとなって、一緒に上京してくれました。

今も身体の柔らかさはそのままな由美かおる(写真/本人提供)
今も身体の柔らかさはそのままな由美かおる(写真/本人提供)
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