お銀の入浴シーンの裏側
——芸名は本名を活かされているのですよね。
苗字の「由美」は本名の「由美子」から。名前の方は当時、新幹線が浸透したころだったので「ひかり」「こだま」とか、覚えやすい3文字のひらがながいいんじゃないかということになったんです。そのなかに「かおる」があって。西野先生を始めとした支援者の方々が考え抜いて付けてくださったんですよ。もしかしたら「由美ひかり」「由美こだま」になっていた可能性もあるのですけれど(笑)。
——1973年の主演映画『同棲時代』や、文芸作品としても評価された『しなの川』ではヌードを披露するなど、それからも話題の中心となりましたよね。
16歳で女優を始めて、おかげさまでたくさんの素晴らしい作品に巡り合うことができました。『同棲時代』は社会現象になるほど話題になり、ポスターではオールヌードに挑戦しました。
私自身は山根監督の芸術的なビジョンに共感し、1か月悩んだ末に「やりましょう」と自分で決断したんです。父は「顔が写っていなければよかった」とこぼしていましたが、観客は女性が7割だったとのことで、女性たちに共感をしてもらったのが嬉しかったですね。
お銀の入浴シーンも、そうしたプロとしての覚悟や反響を『水戸黄門』の当時のプロデューサーであった逸見稔さんが見てくださっていたそうなんですね。それで繋がったのだと思います。
——由美さんのプロとしての心構えが、『水戸黄門』の「かげろうお銀」へと繋がっていくのですね。お銀役に抜擢された理由は何だったのでしょうか?
『水戸黄門』には何度かゲストで出演させていただき、その後(同時間帯の時代劇)『江戸を斬る』でレギュラーを務めたのですが、逸見さんに引っ張っていただく形で「かげろうお銀」役が決まったんです。ゲスト出演した際の評判が良かったこともあり、レギュラーとしてお声がけいただきました。
——お銀といえば、やはり「入浴シーン」が有名です。あれはどのようにして生まれたのでしょうか?
ゲストで出演した際に、お風呂のシーンがあったんです。逸見さんが、私の魅力を最大限に活かそうということで、あえて脚本に入れてくださったんですが、目論見通り大評判。レギュラー化するようになったんです。
お風呂のシーンの撮影は、昔はフィルム撮影ですから、とにかく照明がすごくて。目が焼けてしまうくらい眩しかったんですよ。それでもまばたきをしないように一生懸命目を開けて、綺麗に撮ってくださるスタッフの皆さんの努力に応えようと必死でした。













