「金太郎、麻雀する。」(集英社文庫・コミック版1巻収録)

麻雀でわかるその人の人生観

麻雀の打ち方には、その人の性格や人生観、そして「器」が出る……のかもしれない。

金太郎はサラリーマンとして初めての給料日、同僚の前田や田中に誘われ、雀荘に足を運ぶ。田中は「お手並み拝見」といった様子で、金太郎の打ち方をじっと観察し始める。田中の持論は、「麻雀は、その人物を的確に表す」というものだ。

確かに麻雀では、無茶をしないか、流れを読めるか、損を最小限に抑えられるか、そして場の空気をどう扱うか――そんな点に、その人の性分がよく表れる。サラリーマン的な素養がにじみ出る場面でもある。

では、金太郎はどうか。

「俺、役満専門ですよ。それしか手、知らねえから」

役満とは、麻雀における最高役。めったにお目にかかれない“奇跡の手”だ。そんなものを最初から狙うのは、普通に考えれば無謀に近い。

案の定、金太郎は負け続ける。周囲が手堅く点を積み重ねる中、何度も点棒を失い、気づけばすっからかん。それでも打ち方を変えようとはしない。

そして終盤、金太郎はついにその「奇跡」を完成させる。大三元字一色四暗刻単騎(ダイサンゲン・ツーイーソー・スーアンコ・タンキ)。4倍役満だ。

だが、この場面が本当に印象に残るのは、「大逆転だ!」という爽快感ではない。金太郎が、最初に口にした“役満専門”という打ち方を、最後まで貫いたことにある。

実はこの一局で、金太郎は大勝ちしたわけではない。この役で、今までの負け分が帳消しになり、ようやくイーブンに戻っただけだ。それでもなぜか、その場の空気は、金太郎が完璧に勝負を制したかのような雰囲気になる。

このとき田中は、心の中でこう思う。「サラリーマンじゃないぞ、こいつの器は……」

結果は同じでも、そこに至る過程はまったく違う。そして田中は、そんな金太郎の姿を前に、なぜか忘れていた父親の記憶を思い出してしまう。

麻雀は確かに、「その人物を的確に表す」。『サラリーマン金太郎』第6話は、勝ち負けではなく、打ち方そのもので人生と器を描き切った、心に沁みる一編だ。