「金太郎、引き返す。」(集英社文庫・コミック版5巻収録)
社員の不祥事に会長が出した結論
社員が大きな不祥事を起こしたとき、会社はその社員を切り捨てるべきなのか。それとも守るべきなのか。
『サラリーマン金太郎』第49話で強く印象に残るのは、まさにこの問いに対する大和会長の答えである。
金太郎は、我が子や上司を狙って爆弾を送ってきた連中に対して、怒りのあまり大騒動を起こし、暴走族時代の仲間を連れて襲撃する。すると週刊誌などで報じられ、世間からは“暴力サラリーマン”として激しく批判されることになった。
ヤマト建設には石が投げ込まれ、会社そのものの責任まで問われる事態になった。普通に考えれば、ここで会社が本人を切り捨てても何もおかしくない。
だが、大和会長はそうしない。
「金太郎をかわいがる事は簡単なことです。しかし、切り捨てるということは、もっと簡単な事です」
身内を守るのは情でできる。逆に、問題を起こした社員を切るのはもっと簡単だ。世間に頭を下げ、責任をその社員ひとりに押しつければ、会社としては手っ取り早い。世間の怒りもおさまるだろう。だが、大和会長はそこで終わらない。
「若者の成長の芽を簡単につみとる事は、力を有する大人としては浅はかです」
会社は社会の中にある。世間の厳しさも責任も分かっている。それでもなお、未熟な若者を一度の失敗で切り捨てるのは違うと言い切るのである。これは金太郎ひとりをかばう話ではなく、上に立つ人間がどこまで部下の成長に責任を持てるか、という話だろう。
現実でも、社員が問題を起こしたときに「処分しました」「厳正に対処します」と線を引くことはできる。もちろん、それが必要な場面もある。
だが、その一方で、失敗した人間をどう立て直すのかまで引き受ける覚悟を持てる経営者はどれだけいるのか。大和会長の言葉が刺さるのは、そこまで含めて“責任”だと語っているからだ。
さてこの第49話では、暴走行為を犯した金太郎が裁判にかけられる。果たして裁判所の下した結論は。ぜひ漫画で確かめてほしい。























