「天命がなさそうならそれは受け止めなきゃって感じです」

——政治を続ける意志はお持ちですか?

「続けます」とカッコよく言うのが1番いいのかもしれないけど、現実的なことを考えると、来年の統一地方選と2年後の参院選で、政治家という立場でしっかりと仲間をサポートしなきゃいけない。(自分の今後は)そういった活動を続けていく中で最終的に判断しようと思ってます。

中央の政局にコミットするのはやりがいのある立場ではあるけれども、それだけが政治じゃない。むしろ草の根からやらなきゃいけないタイミングなのかもしれないと思っています。

私の作りたい社会をどう作っていけるのか、むしろ地域から、草の根から考えていきたいという気分です。(国会を舞台に)仲間や後輩には頑張ってほしいけど、口を出したいとかコミットしたいとか、そんな感じはないです。

「やるなら楽しく前向きに、と思っています」と話す枝野幸男氏(撮影/集英社オンライン)
「やるなら楽しく前向きに、と思っています」と話す枝野幸男氏(撮影/集英社オンライン)
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――2年後の参院選後のことはある程度見通していらっしゃいますか?

先行きの見えない政治ですからね。無責任なことは言わないようにはしてますけど、人事を尽くして天命を待つ、ですかね。天命がなさそうならそれは受け止めなきゃって感じです。

今回は野党側の焼け野原具合が従来とは違いますけど、でも昭和20年の日本も焼け野原から立ち上がったので、それと比べれば大したことはない。

私はね、鈴木貫太郎(元海軍大将、1936年の二・二六事件で襲撃され重傷を負うも生還。アジア太平洋戦争末期に首相としてポツダム宣言の受け入れ調整に奔走した)が大好きなんです。雪の2月といえば二・二六事件でね。鈴木貫太郎は本当に命まで失いかけた。こっちは政治生命はちょっと重傷だけど、命まで取られようとしてるわけじゃないから。鈴木さんはあの時68歳。私はまだ61歳。前向きに考えてます。

——AKBソングがお好きですよね。落選直後の週刊新潮の取材にはその時の気持ちをAKB48の「チャンスの順番」に例えておられましたが、今はいかがですか?

乃木坂46の「夜明けまで強がらなくていい」ですかね。(AKBソングは)いつも移動の時にスマホで聴いてますから。ただ移動が減ってしまって。

だから講演依頼があると嬉しいんですよ。オファーが来ると地方行けるから。

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枝野氏が今の気持ちを重ねているという「夜明けまで強がらなくていい」のサビでは、メンバーたちがこう歌い上げる。「明日はどこにある? ヨロヨロと立ち上がれ」と。

枝野幸男/えだのゆきお 
1964年5月31日生まれ。日本新党の候補者募集で旧埼玉5区の候補者となり、同年の衆議院選挙で初当選。以来2024年の衆院選まで比例復活も含め11回連続当選。11年1月、民主党の菅直人内閣で内閣官房長官に就任し、同年3月の東日本大震災で起きた東京電力福島第1原発事故に対応した時は不眠不休ぶりから「枝野寝ろ」との流行フレーズも生まれた。17年には立憲民主党を立ち上げ、初代代表に就任。24年の立憲民主党代表選にも出馬したが敗れた。今年2月の衆院選で小選挙区で落選し、比例復活もならなかった。

取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班