週4の専門学校、軽い気持ちではじまった

——モデルの仕事を目指したきっかけを教えてください。もともと芸能界を目指していたのですか?

片瀬亜乃(以下同) 全然そんなことはなくて(笑)。高校のころは普通のギャルで、やりたいことも特にありませんでした。大学に行かないと決めたとき、母がニートになるのではと心配し、「モデルの専門学校なら週4日だけ通えばいい」と勧めてくれました。軽い気持ちで入学したのがきっかけです。

2024年の全日本モトクロス選手権での片瀬
2024年の全日本モトクロス選手権での片瀬
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——強い夢があったわけではなかったのですね。

どうせ23歳くらいで結婚するのだろう、と思っていました。でも学校がとにかく厳しかった。身長169cmにもかかわらず8kgの減量を指導され、歯も上下2本ずつ抜くことになりました。だんだん「ここまでやったのだから絶対にものにしたい」と気持ちが切り替わりました。あの1年で本気になれたのだと思います。

——20代後半に年齢を非公表にした理由は何ですか。

レースクイーンは27歳あたりから“卒業感”が出てきます。誰かに直接言われるわけではありませんが、業界の空気として伝わってきます。自分も若いころ、先輩を見てそう感じていましたし、30歳をすぎたら仕事がなくなると同業者の多くが悩んでいました。

——仮に年齢を明らかにして、仕事を続けていたら影響はあったと思いますか。

あったと思います。オーディションには年齢制限があることも多く、公表すれば応募できない案件が出てきます。そこでデメリットを減らす意味で非公表にしました。その判断は結果的にメリットが大きかったです。年齢を聞かれたときは「1万歳」と答えていました(笑)。人間と悪魔とのハーフという設定にしていたので。

——内心はつらくなかったですか。

業界には若い子が次々と入ってきます。30歳をすぎて水着撮影があると、「大丈夫かな」「ファンの方はどう思うかな」と考えていました。ただ、それは誰かに言われたのではなく、自分で自分を追い込んでいた部分が大きかったと思います。

40歳でも変わらぬプロポーションを維持している(写真/わけとく)
40歳でも変わらぬプロポーションを維持している(写真/わけとく)

——同世代が離れていく中で、続けられた理由は何でしょう。

やるしかなかった、というのが正直なところです(笑)。私には、ほかにできる仕事がありませんでした。ただ、1回1回の仕事を全力で取り組むことは意識してきました。慣れると気が緩みがちですが、年齢を重ねているからこそスキルで勝負する必要があると考えていました。

毎回の現場でそのときを楽しみながら、精一杯に自分のできることを出し切ることでリピートにつながり、新規オーディションに頼らずに済んだのは大きかったです。

——具体的なスキルとは。

挨拶やスタッフ、企業担当者への対応、そしてチームの空気づくりです。レースクイーンは若さだけでなく、企業のイメージを担う存在です。現場での立ち居振る舞いも重要な仕事の1つだと考えています。