国を持たない民族「クルド人」はどこからやってきたのか
クルド人は現在、国を持たない民族として世界最大の人口を誇っていると言われます。主な居住地域はイラン・イラク・トルコ・シリアの国境地帯で、人口は3000万人以上とされます。自分たちの国を持つことができず、それぞれの国で少数民族として扱われているのが現状です。そして、一部では迫害や差別を受けることもあるとされます。
クルド人はイラン系の民族で、イスラーム教のスンナ派を信仰し、クルド語を話します。かつてほぼ中東全域はオスマン帝国に支配されていましたが、その統治下でクルド人もそれなりに平穏に暮らしていたと考えられます。オスマン帝国はトルコ人を中心とする多民族国家で、それぞれの民族には自治や信仰の自由などが認められていました。
しかしそのオスマン帝国は第一次世界大戦で敗戦国となりました。そして講和条約のセーヴル条約により、イラク・パレスチナ・シリア・アラビア半島を放棄、イスタンブルと隣接地以外のギリシアへの割譲、軍備縮小、治外法権などとともにクルド人自治区の建設が約束されました。しかしこの自治区建設が実現することはありませんでした。このセーヴル条約はあまりに厳しかったため、不満を覚えたトルコ人たちはムスタファ=ケマル(「トルコの父」の意でアタテュルクとも呼ばれる)を中心にこの条約とさらにこれを締結したオスマン帝国政府に猛反発し、革命を起こしたのです。
ムスタファ=ケマルは侵入してきたギリシア軍を排除して領土を奪還、そしてオスマン帝国を滅ぼすと、トルコ共和国の建国を宣言しました。そして、セーヴル条約を拒否してローザンヌ条約を締結し、領土回復などを認めさせました。こうした結果、ほぼ現在のトルコの領土を奪還したのです。しかしその一方で、クルド人自治区の建設の約束はなくなりました。
こうした結果、クルド人は、イラン・イラク・トルコ・シリアなどに分断されることとなり、それぞれの国において少数民族となったのです。そしてここから、さらに苦難の歴史をたどることになるのです。













