「父親は憎んでいないけど、母のことは未だに許せない」

ケイさんが変わりつつあったある日、父親が喉頭がんで余命宣告をされた。それでも、変わらず酒を飲み続ける母親に、「俺は死ぬっていうのに、どうしてお前はそうなんだ」と父親が爆発。母親に包丁を突き付けて警察沙汰に。 両親を警察まで迎えに行ったのは、ケイさんだ。

「ひきこもりの自分が警察に行くのは大変でしたけど、兄は夜勤で行けなくて。飲んだくれて保護された母親を迎えに行ったことも何度かありました 」

写真はイメージです(写真/Shutterstock)
写真はイメージです(写真/Shutterstock)

警察で「事件が再発しないよう兄弟で何とかしてくれ」と言われ 誓約書を書かされた。兄と相談して母をアルコール依存の専門病院に3か月入院させた。母が酒をやめると父親も飲まなくなり、「何がきっかけになるかわからない」と驚いたという。

「父のことは恨んでも憎んでもいないです。同情するわけじゃないんですけど、父にとっても家が最悪の状況の中で家族のために働き続けた。稼ぎ続けた。いや、正直、すごいなと。でも、母のことは未だに許せてはいないです。だけど、離れていれば、どうでもいいかな」

まもなく父親が逝去。葬儀が終わると、ケイさんと兄は役所関係、銀行や携帯電話の解約など、さまざまな手続きに追われた。

「自分の貯金も尽きかけていたし、父親が死んだら自分も死ぬしかないと思っていました。それが、やったことのない手続きとかハードルを一つ一つクリアしていくと、自分でもいろいろできるんだという実感が持てて、前向きな気持ちが湧いてきたんです。そういう意味では、父がくれたきっかけに感謝しています」

父親の死をきっかけに、自分にもできることがあると発見したという
父親の死をきっかけに、自分にもできることがあると発見したという

ようやく人生を楽しめるようになった

区役所に仕事の相談に行くと、ひきこもりの相談窓口につないでくれた。精神科の受診を勧められ、うつ病と診断される。薬を飲みながら、生活保護を受給することになった。

「生活保護には抵抗がありましたが、兄にも『受ける権利がある』と言われて。 明確ではないけど、2年と期限を決めて受けることにしました。ずっと何かに追われているような日々をくり返していたので、人生で初めての安らぎの時間でしたね。

気軽に相談できる窓口を見つけられたのも幸運でした。生活保護という制度や窓口とかの公共サービスを、自分本位で利用してもいいんだっていう気付きも得たし」

「自分が周りの人を不幸にしている」人生の半分、3度もひきこもった46歳男性がようやく“生きていていい”と思えた瞬間「人生で初めての安らぎの時間だった」_7
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ハローワークで相談して清掃の短時間アルバイトから始め、昨年2月に障害者雇用でIT企業に就職。総務の仕事をしている。

「やり直すのに、遅すぎることはないんですね。自分は何でも話せる兄がいて本当に恵まれていると思います。人生の半分をひきこもっていて、恵まれているって何だよと言われるかもしれないけど(笑)、抜け出せない人もいるし。

3度のひきこもりから外に出るたびに『よく抜け出せたね』と言われたけど、本当の意味で抜け出せたのは、今回かなと思う。考え方が180度変わり、ようやく人生を楽しめるようになったので」

最近は食への興味がわいてきた。スーパーで働いていたときは、「お腹がふくれりゃいい」としか思っていなかったが、今は味の追求をするのが楽しい。「魚が好きなので港に行って美味しい海産物を食べたい」と目を輝かせる。

〈前編はこちらから『20歳で靴紐の結び方もわからなかった46歳ひきこもり男性「心は小5のままなのに、体が大人になっていて…」』〉

取材・文/萩原絹代