教科書的説明から外れた現実
――本作を読んでいると、いまの現実の歪みも気になってきます。たとえば国会は日本国憲法第四十一条で「国権の最高機関であって、国の唯一の立法機関である」と定められているにもかかわらず、実際は議員立法の成立は少なく、内閣提出法律案は成立件数が多い。それなのに、「国権の最高機関」だと言うための理屈に関しては、憲法学者のあいだでも意見がわかれるようです。
堂場 我々が教科書的な説明としてインプットされてきた、三権分立という国家権力のありようも、だんだん現実との間でズレが生まれてきてしまっている、ということなのかもしれませんね。だったらどうすればいいのか、と尋ねられても、明確な答えを持っている人はなかなかいない。それでも分析・研究していくというのが学者の方の仕事ならば、フィクションで応答するのが作家の仕事でしょう。
――選挙の行方を楽しく追うエンターテインメント小説であり、いまと未来の社会を二重に問う作品でもありますね。
堂場 その点に関しては、書いた身で言うことかどうかはわかりませんが、直接民主制になった『ポピュリズム』の日本社会って、なかなかに危うい気がしませんか。首相選挙になったら大混乱という感じで、この最中に海外から何かしらの干渉があったら一発でアウトなのでは、という想像も膨らみますね。
――たしかに……首相選挙も第五回を数えてなお、こんなに混乱しているんだな、と読みながら思いました。実際に我々の社会も国家体制としてはかなり綱渡り状態というか、隙間がありますよね。現在の感覚とつながるところのある近未来の直接民主制が、実は危なっかしいというのは、いろいろ考えさせるものがあります。
堂場 首相選挙なんてやってるけれども、「これで本当に大丈夫か?」と思っちゃいますよね。そもそも『デモクラシー』や『ポピュリズム』という小説は、いまの日本社会の状況や政情に対して「いまのままで大丈夫か?」と問い、根源的なレベルで変革が起こったらどうなるかを考えるものです。しかしガラリと体制が変わってなお、いまの我々のリアリティーに連なる世界が広がり、しかも危うい状況にあるならば、より根源的なレベルで考え直していかないとまずいということになる。私はシンプルに「これからの日本社会はどうなっていくんだろう」とすごく心配ですし、もっとみんなで考えていい話だと思います。
――ラディカルな設定の『ポピュリズム』の先で、よりラディカルに考えるというのは、かなりの難題ですね。対症療法的なものなら思い浮かぶかもしれませんが……。
堂場 窮余の策に関しては、実現可能性はゼロに近いであろうものの、私の頭のなかにもアイデアはあります。ひとつは、行政を海外、たとえば情報技術の人材に富んでいるインドなどにアウトソーシングしてしまう、ということです。先ほど触れたように、国家権力を三権分立したうちの行政権を持つのが内閣ですから、おいそれと国外にアウトソーシングできるものではないとわかってはいるのですが、やはりこれも思考実験のひとつとして、有効なのではないでしょうか。
――情報技術に関する作中の描写では、官公庁の統廃合とAIの積極的導入を結びつけて有権者へ訴えるのが、人気YouTuberの城山というあたりも興味深いですね。
堂場 AIなんて、老政治家の人たちにはほとんどわからない話でしょう。そんなAIを用いてムダを省き、行政改革していくんだということを、YouTuberが訴えていく時代。未来の話ですが、なんだか身に覚えがありますよね。実は、ムダを省くということならば、首相選挙自体がムダの塊かもしれないのですが……このあたりは、『ポピュリズム』のなかでも焦点があたるトピックのひとつです。
――いろんな議論が交錯するなかで、城山が支持を集めていきますよね。候補者がYouTuberというと単にイロモノとして捉えがちですが、むしろマトモに見えるというか、説得力がある点が現代的です。
堂場 もしかしたら私が“城山推し”なのかもしれない……(笑)。それは半ば冗談としても、政治というのは基本的に善と悪が渾然一体となって揺れ動き続ける世界だと思っているんです。本作の隠れたキーワードとして、『善良な独裁者』という言葉が登場し、城山もそれを標榜していきます。日本も含めて世界中に、強靱なリーダーシップを発揮してくれる政治家への期待感があると思い、そうした気分を『善良な独裁者』と表現してみたのですが、これもまた、善悪がされづらい政治のありようを反映しているのかもしれません。
200冊の、その先へ
――今冬に堂場さんの刊行作品が200冊となることを記念して、「the200」という“全国ツアー”の真っ最中ですね。各地に足を運び、書店員さんと触れ合ったりサイン会をしている楽しい様子は、公式noteで読むことができます。今作『ポピュリズム』は、195冊目にあたりますね。
堂場 書店員さんはもちろん、日頃から堂場作品を愛読してくださっている読者の皆さんと直接触れ合う場を設けたい、と思っての“全国ツアー”なんです。191~200冊目の新刊に関して、出版社の垣根を越えてツアーを展開していまして、二〇二五年一月からほぼ毎月のように、各地にうかがっています。福岡、神奈川~東京、再びの東京、そして五月の仙台を経て、このインタビューが掲載される号の発売直前には、札幌にいるはずです。「ランプライトブックスホテル札幌」という、本屋とカフェが併設された素敵なホテルで、「作家とトークナイト」と題したイベントを開催する予定で、参加者の皆さんからの質問にもお答えできればと思っています。
――第十三回小説すばる新人賞受賞作の『8年』が二〇〇一年に刊行され、100冊到達が二〇一五年。そこから200冊までのあまりのスピードにクラクラします。
堂場 たしかに、そう考えると早いですね。なんだか自分でも変だなというか、100冊に手が届いたのがついこの間だったはずで、200冊到達があっという間だなという気はしているんですよ(笑)。とはいえ、実はこれでも執筆スピードは抑えているんですが。
――一日で約五十枚というハイペースで書いていらして、なお抑えているんですか?
堂場 すでに還暦も迎えまして、ちょっと目がつらくなってきていることもあるので、フル回転にならないようにセーブしながら書いているんです。船や航空機には、できるだけ長距離ないし長期間航行できる「巡航速度」というものがありますが、まさにそんな感じですね。
――刊行ペースからすると、にわかには信じがたいですか……。今後に関して、何か意識されていることはありますか。
堂場 これまで支えてくださった読者の皆さんに、今後も楽しんでいただける小説をお届けしつつ、若い層の読者の方々にも届けていく、ということですね。先日のトークショーですごく若い参加者の方々がいて、どこで自分の作品と出会ったのかと尋ねたら、「親が読んでいた」というお答えだったんですね。「すでに二世代にわたって読んでくださっているんだ!」と、嬉しさと同時に恐ろしさも感じました(笑)。いや、でも本当にありがたいことですね。これからも全力で……いや、長く走り続けられるスピードで、面白い作品を書いていければと思います。
「小説すばる」2025年7月号転載