鳥海 修さん(左)、京極夏彦さん(右)
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書楼弔堂 霜夜
著者:京極 夏彦
定価:2,530円(10%税込)
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定価:2,530円(10%税込)

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古今東西のあらゆる書籍が揃う書舗・ ( とむらい堂を舞台に人と本との関係を鮮やかに描き出す京極夏彦さんの「書楼 ( しょろう弔堂」シリーズがこのたび遂に完結。最終巻『霜夜 ( そうや』の語り手を務めるのは、活字の元になる字を作ることを職業にしている甲野 ( こうのです。
そこで、書体デザインの第一人者である鳥海修さんをお招きして、京極さんとの対談を敢行。本シリーズの魅力や明治期から現代に至る明朝体の変遷などを熱く語り合っていただきました。

構成/杉江松恋 撮影/大槻志穂

「活字の誕生は革命だった」京極夏彦×鳥海 修(書体設計士)『書楼弔堂 霜夜』刊行記念対談_3

書き手はどこまで意識して小説を書くべきか

鳥海 京極さんと知り合ったのは二〇〇二年くらいじゃないでしょうか。
京極 僕が InDesign を使い始めた頃ですよね。鳥海さんが作られたヒラギノという書体を使うことができるようになって、喜んでいた時期です。
鳥海 初めてお会いしたときに、当時作っていた書体をお見せしたんですよね。京極さんがご覧になって「自分の仕事は、こういうふうに文字を作る人と、印刷する人と、編集者によって支えられているんです」とおっしゃってくださいました。その後『姑獲鳥 ( うぶめの夏』の単行本が出たときも、帯に「読みやすい書体」って書いてくださったんです。
京極 『姑獲鳥』は当初ワードプロセッサーで書いたんですが、実装されている文字種が少なくて、足りない文字は全部作字してました。でも自作のデータは汎用性がないですし、しかも精度はあまり高くないですからね。だから OpenType フォントが使える環境になったのはありがたかったですね。『姑獲鳥の夏』を鳥海さんの字で作り直すことができたのは、本当に嬉しかったです。
鳥海 私は字游工房という会社で仕事をしているんですけど、そのときお見せしたのが游明朝体Rという書体でした。その前に作ったヒラギノは他社からの請負仕事でしたが、いつかは自分たちの書体を作りたいね、と話していて第一弾でした。当時は一万字ぐらい、現在は二万字に増えています。それをセットで売っていたんです。
京極 ワープロはプリントアウトできるというだけでデータに互換性はないんですよね。紙に印字する以外出力できない。フォントもドット数が少ないし、印刷非対応ですよ。結局、組版も禁則も文字種も出版社と印刷会社に丸投げになる。どんなに仕上がりを想定して作り込んでも完成させるのは誰か別の人。そこは書き手がさわれないところだった。これは文章を書く人間として無責任だなと思っていました。校正するだけではカバーできない。だから鳥海さんの書体を見せていただいて、これを使えば綺麗に作れるし、最初から仕上がりを予測できると心強く思いました。そうなると書く側のモチベーションも全然違いますよね。僕は鳥海さんにお会いする機会は少ないですけど、鳥海さんが作られた文字とは三六五日、毎日対面しています。
鳥海 お恥ずかしい(笑)。
京極 僕は明治期の、活版の印刷物も好きなんですよ。あれは当時としては技術の限界に挑戦してますよね。ルビなんて、あんな小さい活字をいちいち彫ってるわけですよ。今なら当たり前ですけど、当時にしてみれば大変な難業ですよ。時は流れて今はDTPの時代になり、できることは本当に多くなりました。だったらできることはぎりぎりまで全部やるべきだと思うんですけどね。鳥海さんにお会いした頃がちょうど技術の変わり目で、これで色々とできる、版面も組めるし、綺麗なフォントで組めるようになると、希望を感じました。
鳥海 そう言ってもらうのはとてもありがたいです。私たちが作った文字がいいから使っています、という方にはなかなか出会わないですよ。
京極 多分、それは知らないんだと思いますよ。だいたい僕が InDesign で書いていると言うと、こだわりが強いとか変態だとか、いまだに言われる(笑)。いや、全編筆書き影印とかならこだわりかもだけど(笑)。たまに同業者から相談を受けることがあって。版面がしっくりこないという。たとえば「?」の形だけが受け入れられないとか。だったら「?」の所だけ合成フォントにして差し替えればいいんだけど、できることを知らないわけ。現在は素晴らしい創作環境があるんだからそれは使わなきゃ。書き手はそういうことに対する認識がほとんどない人のほうが多い。もちろんグラフィックワークはデザイナーの領分なんだけど、少なくとも本文は自分たちの仕事ですから、もう少し自覚したほうがいい。この字にぴったりな小説を書いてやろう、ぐらいの気持ちがある書き手が出てきてもいいと思うのですよ。游明朝で読んでくださいとか、ヒラギノ用の小説とか、あってもいいんじゃないかと思いますね。
鳥海 京極さんとお会いしたあとで、ご相談を受けましたよね。ダブルダーシ「――」が、作り方によっては字間がくっつかないで離れてしまう。で、くっつけると文字の側に近くなっちゃうんですよ。それで文字との間が空いてて、かつきちんと一本の線になるようなダブルダーシというご注文をいただきました。
京極 僕は作中の文字記号を減らそうとしてきたんです。まず三点リーダー「…」を廃止して、時代ものでは「?」や「!」も使うのをやめて。そうやってできる限り減らしていって、現在はカギカッコとダブルダーシ以外は全部排除しました。『絡新婦 ( じょろうぐも ( ことわり』が講談社文庫になったとき InDesign に移植してもらったんですが、元データではダーシが離れてたんです。それを全部自分でカーニング(文字詰め)して調整したんですが、アホみたいに面倒で。そこで鳥海さんにご相談して、以来二十年ぐらいずっと使っています。あれ、すごく助かってます。作業効率が少なくとも十パーセントは上がりました。だから鳥海さんに足を向けて寝られないですよ。

「活字の誕生は革命だった」京極夏彦×鳥海 修(書体設計士)『書楼弔堂 霜夜』刊行記念対談_4